――両極にあっても、自分を見失わないための一点の火と氷
人生が目まぐるしく、心がかき乱されるような“熱閙(ねっとう)”の中にあっても――
冷静な目を一点、しっかりと持っておくことが大切だ。
それだけで、無用な苦悩や無駄な心配に巻き込まれることを避けられる。
一方で――
人生に陰りが差し、落ちぶれて希望を失いそうな“冷落(れいらく)”のときには、
たった一点でもよい、情熱を胸に残しておくことが肝心である。
そうすれば、そこから新しい魅力や力を発見できる。
本当の“味わい深さ(真趣味)”は、そうした境遇の中にこそある。
引用(ふりがな付き)
熱閙(ねっとう)の中(なか)に一(いち)冷眼(れいがん)を着(つ)くれば、便(すなわ)ち許多(あまた)の苦心思(くしんし)を省(はぶ)く。
冷落(れいらく)の処(ところ)に一(いち)熱心(ねっしん)を存(そん)すれば、便ち許多の真趣味(しんしゅみ)を得(う)。
注釈
- 熱閙(ねっとう):騒がしく忙しく、心が混乱しやすい状況。
- 冷眼(れいがん):冷静な目。騒ぎに流されない、静かな観察の視点。
- 苦心思(くしんし):苦しみや悩み、神経をすり減らすような思案。
- 冷落(れいらく):不遇・零落した状態。希望が消えかけた心情。
- 熱心(ねっしん):心の奥に宿る情熱。前向きな生きる力。
- 真趣味(しんしゅみ):表面的な華やかさではない、本当の味わいや意味、価値。
関連思想と補足
- 『中庸』では「過ぎず、足らず、中を守ること」が徳であるとされており、
この「一点を保つ」姿勢も、極端に偏らず“内に均衡を保つ”という点で通じる。 - 『菜根譚』の他の章でも、静の中に動を見出し、動の中に静を保つといった知恵が繰り返し説かれている。
- マルティン・ルターの名言――
「たとえ明日、世界が滅びようとも、私は今日リンゴの木を植える」――も、
冷落の時期に一つの情熱を持ち続ける精神そのもの。
原文
熱閙中着一冷眼、省許多苦心思。
冷落處存一熱心、得許多眞趣味。
書き下し文
熱閙(ねつどう)の中に一冷眼(れいがん)を着(つ)くれば、便(すなわ)ち許多(きょた)の苦心思(くしんし)を省(はぶ)く。
冷落(れいらく)の処に一熱心(ねっしん)を存(そん)すれば、便ち許多の真趣味(しんしゅみ)を得(う)。
現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
「熱閙の中に一冷眼を着くれば、便ち許多の苦心思を省く」
→ 騒がしく慌ただしい状況において、ひとつの冷静な目(冷眼)を持っていれば、多くの無用な心配や思い悩みを避けることができる。
「冷落の処に一熱心を存すれば、便ち許多の真趣味を得」
→ 静かで寂しい場所・状況の中で、ひとつの熱い心(熱心)を持っていれば、多くの本当の楽しみや味わいを見出すことができる。
用語解説
- 熱閙(ねつどう):喧騒・混乱・繁忙な状況。人や物事の動きが激しく騒がしい場。
- 冷眼(れいがん):冷静な目。物事を客観的かつ落ち着いて見る視線。
- 苦心思(くしんし):苦労や悩み。精神的な消耗を伴う思慮や煩悩。
- 冷落(れいらく):寂しさ・孤独・注目されない状態。静かな環境や無人の場所。
- 熱心(ねっしん):誠意ある心、情熱。
- 真趣味(しんしゅみ):本当の楽しさ・奥深い味わい。精神的な満足や感動。
全体の現代語訳(まとめ)
騒がしく慌ただしい環境の中では、ひとつ冷静な目を持つことで、無用な心配や悩みを減らすことができる。
一方で、寂しくひっそりとした状況にあっても、ひとつ情熱ある心を持っていれば、多くの本質的な楽しみや深い味わいを見出せる。
解釈と現代的意義
この章句は、**「環境に左右されず、内面の心持ち次第で状況を好転させる」**という、非常に実践的かつ深い生活の智慧を説いています。
- 外が熱い(騒がしい・競争的)ときほど、内は冷たく(冷静に)。
- 外が冷たい(寂しい・地味)ときほど、内は熱く(情熱的に)。
つまり、状況に心を合わせるのではなく、“対照的な心構え”をもって安定を得ることが重要だというバランス感覚を教えてくれます。
ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
1. 「忙しさの中にこそ“冷静さ”を忘れない」
プロジェクトの締切、チームの混乱、売上のプレッシャー。
そうした“熱閙”の中では、**あえて一歩引いて冷静に全体を見渡す視点=“冷眼”**を持つことが、
リーダーにも実務担当者にも不可欠です。
2. 「評価されないときこそ、“熱心”が試される」
人に見られない地道な作業や、低予算プロジェクト、閑職。
こうした“冷落”の場面でも、情熱と誠意を持って取り組めば、かえって深い喜びや新たな発見(真趣味)に出会えるのです。
3. 「心のバランスで環境の過酷さを超える」
どんなに過密な職場や、孤独なポジションでも、心の持ちよう一つで価値のある経験に変えることができます。
外的条件より、内的感受性と心構えの“温度差”の調整力が重要です。
ビジネス用の心得タイトル
「騒がしさに冷静を、寂しさに情熱を──心の温度で環境を超えよ」
この章句は、逆境に対して“対照的な心”をもって調和を得るという、東洋思想らしい高度な心術を教えてくれます。
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