目の前の出来事が、理想郷にもなれば、俗世にもなる――その分かれ目は「足るを知る」心にある。
どんなに小さな恵みも、「今あるものに満足できる人」にとっては、仙人の住む桃源郷のように感じられる。
一方で、満たされることを知らず、常に不足ばかりを数える人にとっては、すべてがつまらない凡俗な世界に見えてしまう。
また、世の中に現れてくるあらゆる「因(できごと・条件)」は、
それを**うまく活かそうとする人(善用者)**にとっては“生機”となり、
逆に、**活かそうとしない人(不善用者)**には“殺機”――つまり、自らの運を下げる力になってしまう。
現実は、心の持ちようと使い方でまったく別物に変わる。
足るを知り、活かし方を工夫する心こそが、幸せと成長の鍵である。
引用(ふりがな付き)
都(すべ)て眼前(がんぜん)に来(き)たるの事(こと)は、足(た)るを知(し)る者(もの)には仙境(せんきょう)にして、足(た)るを知(し)らざる者には凡境(ぼんきょう)なり。
総(すべ)て世上(せじょう)に出(い)づるの因(いん)は、善(よ)く用(もち)うる者には生機(せいき)にして、善(よ)く用(もち)いざる者には殺機(さつき)なり。
注釈
- 足るを知る:『老子』に由来する言葉。「足るを知る者は富む」=満足できる人は、たとえ財が少なくても心が豊かである。
- 仙境・凡境:仙人の住む理想郷と、凡人の住む俗な世界。同じ現実でも、心の違いで境地が変わる。
- 世上に出づるの因:世の中で起こる事象・条件・出来事のこと。
- 生機(せいき):生命を生み出すような、ものを活かす力。柔軟な発想・前向きな姿勢。
- 殺機(さつき):物事をダメにする力。固定観念や否定的思考がもたらす停滞。
関連思想と補足
- “足るを知る”=満足の知恵 は、東洋思想の根幹をなす教えであり、『菜根譚』でも繰り返し強調されている(前集55条など)。
- 現代の心理学でも「感謝・リフレーミング・ポジティブ思考」が幸福を生むという研究があり、内容は非常に通じる。
- ベンジャミン・フランクリンの言葉にも類似の思想が見られ、時代や文化を超えた普遍性がある。
原文:
都來眼前事、知足者仙境、不知足者凡境。
總出世上因、善用者生機、不善用者殺機。
書き下し文:
都(すべ)て眼前に来たるの事は、足(た)るを知る者には仙境(せんきょう)にして、足るを知らざる者には凡境(ぼんきょう)なり。
総(すべ)て世上(せじょう)に出づるの因(いん)は、善(よ)く用(もち)うる者には生機(せいき)にして、善く用いざる者には殺機(さっき)なり。
現代語訳(逐語/一文ずつ):
- 「都て眼前に来たるの事は、足るを知る者には仙境にして、足るを知らざる者には凡境なり」
→ 目の前のすべての出来事も、「今あるもので満足できる人」にとっては仙人の住むような理想郷に感じられるが、満足を知らない人にとっては、ありふれた俗世のつまらない場所にすぎない。 - 「総て世上に出づるの因は、善く用うる者には生機にして、善く用いざる者には殺機なり」
→ 世の中に現れるすべての出来事の“きっかけ”は、それを上手に活かせる人にとっては生きる希望・可能性になり、うまく使えない人にとっては破滅や危機の原因になる。
用語解説:
- 知足(ちそく):満足を知ること。今あるもので足りるとする心。
- 仙境(せんきょう):仙人が住む理想郷。心安らかで豊かな世界の比喩。
- 凡境(ぼんきょう):凡人の住む俗世界。欲望と不満に満ちた現実世界の比喩。
- 世上(せじょう):この世の中、世間。
- 生機(せいき):生命のきざし、可能性、前向きな変化を生む機会。
- 殺機(さっき):破滅・争い・危機を引き起こすきっかけ。
全体の現代語訳(まとめ):
目の前にあるすべての出来事は、満足を知っている人にとってはまるで理想郷のように思えるが、欲にとらわれている人にはつまらない現実でしかない。
また、世の中で起こるあらゆる出来事は、それをうまく活かせる人にとっては生きるチャンスとなり、うまく扱えない人には破滅の原因となる。
解釈と現代的意義:
この章句は、**「同じ現実でも、心の持ちようと捉え方次第で天国にも地獄にもなる」**という、心境主導の人生観を表しています。
1. “足るを知る者”こそ幸せに生きられる
- 環境や条件が変わらなくても、満足を知る心があれば、そこが「仙境」になる。
- 欲望の連鎖から解放された心は、どこでも豊かである。
2. 起きる出来事は“中立”、評価を決めるのは自分
- 成功の芽にも、失敗の種にもなりうる。
- “活かす”のか“殺す”のかは、その人の考え方と行動次第。
3. 同じ材料でも、料理次第で毒にも薬にもなる
- 与えられた条件や出来事をどう使うかが、人生の質を決定する。
ビジネスにおける解釈と適用:
1. 現場の課題も、捉え方次第で“仙境”になる
- 不満や制約が多い環境でも、「今あるリソースでできること」に集中すれば、創造や改善が生まれる。
→ 満足の中に革新は宿る。
2. ピンチは“生機”にも“殺機”にもなる
- 問題を分析し、対処できる者にはチャンスになる。
→ 危機管理能力と発想力が、組織の生死を分ける。
3. リーダーは“意味づけ”のプロであれ
- 部下にとって何気ない業務でも、「その価値」を見出し、意味づけできるリーダーは組織を生かす。
→ 凡境を仙境に変えるのは、“語り方”と“見方”。
ビジネス用心得タイトル:
「凡境も仙境も、心がつくる──満足と工夫が世界を変える」
この章句は、現代の忙しいビジネス社会においても、外的条件ではなく内的態度こそが、幸福と成功を左右することを明確に教えてくれます。
「今ここ」「この状況」「この人材」をどう生かすか。そこに未来が生まれるのです。
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