孔子は、「聖人」に出会うことは難しいと言い、それゆえに「君子(人格ある立派な人)」に会えることを喜びとした。
さらに言う――「善人ですら今の世では得がたい。だから私は、“恒心(こうしん)”、つまり変わらぬ心を持つ人に出会うとうれしく思うのだ」と。
現代に通じるような見栄やごまかし――
ないのに“ある”ように見せ、空っぽなのに“満ちている”ふりをし、貧しいのに“裕福そう”にふるまう――
そんな虚飾の生き方をしている限り、どんな時でも自分の道を貫き、そこに喜びを見出すことはできないと孔子は戒める。
表面的な評価ではなく、「恒心」と呼ばれる内なる一貫性こそが、人生を深める鍵なのだ。
要約引用(書き下し+ふりがな風表現)
聖人(せいじん)は現れがたし。ゆえに君子(くんし)を見れば、我は喜ぶ。
善人(ぜんにん)すらまた得がたし。ゆえに恒心(こうしん)ある者を見れば、我は喜ぶ。
無きに有るがごとく、虚(むな)しきに満つるがごとく、貧(まず)しきに富(と)むるがごとし。
これをもって恒(つね)に楽しむは難(かた)し。
注釈
- 聖人 … 完全なる道徳者、理想的な人格者。
- 君子 … 高い人格と徳を備えた人物。現実に目指すべき理想像。
- 善人 … 正しく、思いやりある人。理想に近づいた存在。
- 恒心(こうしん) … 外部の状況や利害に揺るがず、変わらぬ信念を持ち続ける心。
- 無きに有るがごとく … 実態はないのに、あるように見せること。虚飾。
- 恒に楽しむは難し … 自分の道を貫いて日々を楽しむことが難しくなる、という意味。
1. 原文
子曰、聖人吾不得而見之矣。得見君子者、斯可矣。
子曰、善人吾不得而見之矣。得見有恆者、斯可矣。
亡而爲有、虛而爲盈、約而爲泰、難乎有恆矣。
2. 書き下し文
子(し)曰(い)わく、聖人(せいじん)は吾(われ)得(え)て之(これ)を見(み)ざらん。君子(くんし)を見(み)るを得(え)ば、斯(こ)れ可(か)なり。
子(し)曰く、善人(ぜんにん)は吾(われ)得て之を見ざらん。恒(つね)に有(あ)る者を見(み)るを得(え)ば、斯(こ)れ可(か)なり。
亡(な)くして有(あ)りと為(な)し、虚(むな)しくして盈(み)てりと為(な)し、約(つづま)しくして泰(ゆた)かなりと為(な)さば、恒(つね)に有ること、難(かた)きかな。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「聖人は吾得て之を見ざらん」
→ 聖人のような完全無欠の人物には、私はおそらく一生会えないだろう。 - 「君子を見るを得ば、斯れ可なり」
→ だが、高潔な人格を備えた君子に会えるなら、それで十分だ。 - 「善人は吾得て之を見ざらん」
→ 道徳的に純粋で善良な人物にも、私はなかなか会えそうにない。 - 「恒有る者を見るを得ば、斯れ可なり」
→ だが、言行に一貫性があり、節度ある人に会えれば、それでよい。 - 「亡くして有りと為し、虚しくして盈てりと為し、約にして泰なりと為さば」
→ 実際には無いのにあるように見せ、空虚なのに満ち足りているように見せ、節約しているのに豊かに振る舞うような者が多い。 - 「恒有ること、難きかな」
→ そのような世の中で、一貫した誠実さを保つのは、いかに難しいことか。
4. 用語解説
- 聖人(せいじん):最高の徳を備えた理想的人物。孔子自身も至らなかったと語る存在。
- 君子(くんし):高い倫理観を持ち、社会的に模範となる人格者。
- 善人(ぜんにん):完全な善性を持つ人。道徳的に純粋な人物。
- 有恒(ゆうこう):言動に一貫性があり、変わらぬ誠実さ・節度・信念を持つ人。
- 亡くして有りと為し:無いものをあるように見せかける、虚飾。
- 虚しくして盈てりと為し:中身が空っぽなのに満ちているかのように装う、見せかけの豊かさ。
- 約にして泰なり:節度ある生活の中に、本当の豊かさがあるという逆説。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孔子はこう言いました:
「聖人のような完璧な人物に出会うことは難しい。だが、君子のように高潔な人に会えれば、それで十分だ。
また、完全な善人に会うことも難しいが、日々一貫して誠実に生きる人に会えれば、それでよい。
しかし、今の世の中には、無いものをあるように見せたり、空っぽなのに満ちているように装ったり、
倹約しているのに豊かに振る舞う者が多く、だからこそ、一貫性を持って生きることは本当に難しいのだ。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、孔子が**“理想の人間像”を追い求めながらも、現実の困難さと誠実さの価値”**を説いた名言です。
- 完全無欠な理想は稀だが、誠実に生きる人は尊い
- 見せかけが横行する世の中で、「恒(一貫性)」をもつ人物こそ、最も信頼される
- 孔子はここで、「理想を見失わず、現実を見据えた人間観」を示しています。
7. ビジネスにおける解釈と適用
■「理想の人材より、“一貫した信頼”が組織を支える」
──どれだけ優秀でも、言動に一貫性がなければ信頼は築けない。“恒ある人”こそ真の人材。
■「虚飾・演出では、本当の豊かさは得られない」
──“実はないのにあるように見せる”ブランディングや発言では、持続的な価値は築けない。
■「節度と誠実が、最大の豊かさを生む」
──派手でなくても、誠実で一貫した人が、結果として最も厚い信頼を得る。
■「リーダーは“恒”をもってチームを導け」
──判断が揺れず、言動がぶれないリーダーは、不安定な時代の中で最も尊敬される。
8. ビジネス用心得タイトル
「一貫性こそ信頼の源──“恒ある人”が時代を超えて選ばれる」
この章句は、リーダーシップ、人材評価、ブランド構築、誠実経営において広く応用できる珠玉の教えです。
「君子のように生きるとは何か?」「恒常的に信頼されるとはどういうことか?」──この問いに取り組む研修や読書会の設計にも活用できます。
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