G社は軸付砥石の専門メーカーとして、小規模で手作業の多いスキマ市場に特化し、事業を展開していました。しかし、市場規模の小ささから、やがて経費や人件費が増大し、事業が立ち行かなくなる可能性が見えてきたため、抜本的な方向転換が求められるようになりました。事業の再定義が必要であると考えたG社は、自社の軸付砥石の製造を「精密仕上」業務として位置づけ、精密加工の専門メーカーへと変わる第一歩を踏み出しました。
スキマ市場への挑戦
事業の再定義:精密仕上への転換
お客様との対話が生む新たな製品開発
高度化する要求と超精密加工への対応
総合化とボーダレス化の実現
成長と新たな挑戦
G社は、軸付砥石の専門メーカーであった。軸付砥石は主にハンドグラインダーで使用されるもので、小型でありながら形状は多様で、種類も非常に多岐にわたっていた。
このマーケットは小さく、手作業が多いため、大手の砥石メーカーはほとんど手を出しておらず、いわば「スキマ」商品となっていた。こうした市場は、中小企業の得意分野である。
私のサポートは、まず商品構成に関する基本方針の立案から始まった。
現在のままでは、いずれ壁に突き当たり、増加する人件費や経費を賄えなくなるリスクがある。どうしても「総合化」が必要だが、大手の領域に踏み込んでも成功は難しい。中小企業がその分野で占有率を確保するのは現実的に不可能だからだ。
では、どうすべきか。それには「事業の定義づけ」が欠かせない。私はG社長に、事業の定義づけの重要性を伝え、「あなたの会社の事業は軸付砥石の製造ではなく、精密仕上である」と提案した。この定義づけが、G社を大きく変えるきっかけとなったのである。
この新たな定義づけを胸に、社長はお客様のもとを訪問し始めた。すると、それまで気づかなかったさまざまなことが次々と見えてきたのである。
まず最初に気づいたのは、「砥石メーカーは研削機について詳しくなく、研削機メーカーは砥石について理解していない」という現状だった。
新たな視点から観察を始めた結果、まず注目したのは「超砥粒」と呼ばれる人造ダイヤモンドだった。この人造ダイヤモンドはダイヤモンドに次ぐ硬度を持ち、難研削材の高能率加工に適した砥石を生み出した。この砥石は、ロックウェル硬度65という非常に硬い素材を削ることができ、さらに超鋼の約200倍の性能を発揮する。また、砥石には切りくずがつかないという特長も備えていた。
この超砥粒は、砥石にとどまらず、刃物(専門用語で「刃具」)の製造にも使える素材であり、軸付砥石専門だった時には考えられなかった商品である。こうして、G社は「砥石メーカー」から「精密仕上メーカー」へと転換を遂げたのだった。
この技術はさらに発展し、鋳鉄や鋼の加工用、非鉄金属(アルミニウム、銅など)および非金属(ゴム、ガラス繊維強化材料、木材など)の加工用に分化していった。また、応用製品として耐摩耗部品(チャック爪、センターレスブレード、各種シューなど)も生み出され、その寿命は超鋼の200倍に達するという驚異的なものであった。
これらの製品は、すべて社長自らがお客様を訪ね、要望や悩みを直接聞くことで生まれたものである。
お客様の要望はさらに高まり、「難物であるファインセラミックスの加工をしてほしい」という依頼が舞い込むようになった。この素材は多様な形状や用途に応じて、専用の加工工具、砥石、刃物が必要であり、通常の工場では対応が難しいものであった。G社長は私に、「一倉さん、うちは砥石屋なのか加工屋なのか、もう分からなくなってきました」と話してくれた。
お客様の要求は限りなく高まり、精密加工は次第に超精密加工へと進化していった。そして、G社はサブミクロン(0.5ミクロン)の超精密加工の時代に突入した。G社の技術もこれに伴い、さらなる精密化を遂げていった。
このように独自分野で実績を積み重ねると、顧客はG社に対して一般用の研削砥石も求めるようになった。G社は自社製品だけでは対応しきれなくなり、イギリス最大の砥石メーカーであるユニバース社の製品も取り扱うようになり、事業のボーダレス化が進んだ。こうしてG社の総合化が実現していった。
さらに、G社は工具研削盤やドレッサー、精密濾過装置など周辺製品も取り揃えるようになった。こうして「精密仕上」という事業の定義づけを契機に、軸付砥石専門のメーカーだったG社は、独自の強みを持つ総合メーカーへと大きな発展を遂げた。この定義づけがなければ、現在の繁栄はなかったかもしれない。
G社は、この繁栄と余裕を背景に、新たな市場への挑戦を始めている。これは単なる拡大を目指すのではなく、将来のリスクに備えるための挑戦である。
まとめ
G社は「精密仕上」という新たな事業定義のもと、軸付砥石の専門メーカーから総合メーカーへと成長しました。顧客からの要望をもとに、難削材に対応する製品や精密加工技術を開発し、独自の市場地位を確立するとともに、ボーダレス化も実現。さらなる成長の余地と共に、リスク管理のための新たな市場への挑戦にも意欲的に取り組んでいま
この事例からわかるように、企業が専門分野から総合化へと成長する際に重要なのは、事業の定義づけによる視野の拡大と、それに基づく市場ニーズへの柔軟な対応です。
1. 事業の定義づけの重要性
- G社は「軸付砥石」から「精密仕上」という幅広い分野に定義を変更することで、新たな製品や市場の可能性に気づきました。これにより、元々の専門分野を越えて新たな成長領域を開拓できました。
- この「精密仕上」という定義づけにより、G社は単なる砥石メーカーではなく、お客様のニーズに応じた総合的な加工サービスを提供する企業へと変貌しました。
2. 顧客との密接な関係と市場ニーズの探求
- G社長自らが顧客を回り、その要望や課題を直接聞くことで、新しい製品やサービスを生み出しました。これにより、G社は競合他社が手を出しにくい「超精密加工」や「サブミクロン加工」といった分野へと進出し、独自の強みを構築できたのです。
- 顧客ニーズが次第にエスカレートしても、それに応えることでG社の技術がさらに向上し、独自の分野での優位性が強化されました。
3. 総合化とボーダレスな事業展開
- G社は国内だけでなく、イギリスのユニバース社と提携することで、製品ラインナップを強化し、ボーダレスな市場展開を実現しました。このような国際的な連携は、独自技術の評価を高め、グローバルな信頼を築く一助となります。
4. リスクに備えた計画的な拡大
- G社は、急成長に伴うリスクにも備えるため、いたずらな拡大ではなく計画的に事業を展開しています。このような姿勢は、将来の不確実なリスクに対処する上で重要です。
このようにして、G社は事業の定義づけにより専門分野から総合化に成功し、独自の価値を市場に提供し続けられるようになったのです。
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