前項で孟子は、先王の巡行が「民を顧みる政務」であったことを語った。
それを受けて、今度は現代(孟子の時代)の諸侯たちの堕落ぶりを、手厳しく批判する。
孟子は言う。
「今の諸侯たちはまったく違います。
彼らが出かけるときには軍勢を伴い、その兵に供するため、訪れる先々で民の食糧を強制的に徴発するのです。
結果、飢えている民がいても口にできず、疲れている者がいても休むことができません。
人々は目を見開いて互いにそしり合い、不平を言い、ついには上を怨み始めるようになります」
これは、天命(王道)を離れ、民を苦しめる逆行の道であり、
その姿は、まさに「流連荒亡」にほかなりません。
孟子は、それぞれの言葉を明快に定義する:
- 流(りゅう):川を下りながら遊び、帰ることを忘れる
- 連(れん):川を上りながら遊び、帰ることを忘れる
- 荒(こう):獣を追って、飽きずに狩りを続ける
- 亡(ぼう):酒に溺れ、飽きることなく楽しむ
こうした行為は、**単なる遊興ではなく、「民の苦しみの上に成り立つ享楽」**である。
その責任を取るべきは誰か?孟子は明言する:
「先王は、このような“流連の楽しみ”や“荒亡の行い”などは決してしませんでした。
ただ、王が先王の道を行うか、それとも今の諸侯のように振る舞うか――それは、王自身の選択にかかっているのです」
ふりがな付き原文と現代語訳
「今(いま)や然(しか)らず。師(し)、行(ゆ)きて糧食(りょうしょく)す。飢(う)うる者(もの)は食(くら)わず、労(ろう)する者(もの)は息(やす)わず。
睊睊(けんけん)として胥讒(しょざん)り、民(たみ)乃(すなわ)ち慝(とく)を作(な)す。命(めい)に方(そむ)きて民(たみ)を虐(しいた)げ、飲食(いんしょく)、流(なが)るるが若(ごと)し。
流連(りゅうれん)、荒亡(こうぼう)、諸侯(しょこう)の憂(うれ)いと為(な)る。
流(りゅう)とは、流れに従いて下(くだ)り、而(しこう)して反(かえ)るを忘(わす)る。
連(れん)とは、流れに従いて上(のぼ)り、而して反るを忘る。
荒(こう)とは、獣(けもの)に従いて厭(あ)く無(な)く、
亡(ぼう)とは、酒を楽しみて厭く無きなり。
先王(せんのう)には、流連の楽(たの)しみ、荒亡の行(こう)い無かりき。惟(た)だ君(きみ)の行(おこな)う所(ところ)のままなり、と」
現代語訳:
しかし今は違います。
諸侯が出かける際には軍勢を引き連れ、その食糧を訪れた地で強制的に徴発します。
だから、飢えている人は食べることができず、疲れている者も休めません。
民は目を見開いて不平を言い合い、やがて上に対して怨みを抱くようになる。
これは、先王の教えに背き、民を虐げる行いです。
飲食は、まるで水が流れるように無制限に消費され、放埓が続きます。
これが「流連荒亡」です。
- 「流」:川を下って遊び、帰ることを忘れる
- 「連」:川を上って遊び、帰ることを忘れる
- 「荒」:獣を追って飽きずに狩りを続ける
- 「亡」:酒に溺れて飽きることなく楽しむ
先王には、このような無節操な享楽はありませんでした。
今、王がどうふるまうか――それは、王自身に委ねられているのです
注釈
- 師(し)…古代中国における軍隊の単位。ここでは大規模な兵を伴った出陣や巡行を指す。
- 糧食す…兵のための食糧を、民から強制的に徴発すること。
- 睊睊(けんけん)…目を見張って興奮・不満をあらわすさま。
- 胥讒(しょざん)…互いにそしり合い、不満を口にすること。
- 慝を作す(とくをなす)…悪意や怨みを抱くこと。
- 命に方(そむ)く…天命に逆らう。あるいは人の道から外れる意。
- 流連荒亡(りゅうれんこうぼう)…私的な遊びと享楽にふけること。民の苦しみを無視する象徴。
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(王の道を選ぶか)decadence-or-duty
(堕落か、務めか)no-glory-in-excess
(放埓に栄光はない)
この章は、**「政治の本質は自己選択である」**という、孟子の非常に現代的な思想を伝えています。
為政者は、私的な快楽に流されるのか、民のための道を選ぶのか――
それを決めるのは地位でも血筋でもなく、その人自身の心と行動である。
1. 原文
今也不然。
師行而糧食、飢者弗食、勞者弗息。
睊睊胥讒、民乃作慝。
方命虐民、飲食若流、流連荒亡、為諸侯憂。
從流下而不反、謂之流;
從流上而不反、謂之連;
從獸無厭、謂之荒;
樂酒無厭、謂之亡。
先王無流連之樂、無荒亡之行。
惟君行之也。
2. 書き下し文
今(いま)や然(しか)らず。
師(いくさ)行(ゆ)きて糧食(りょうしょく)すれども、
飢(う)うる者は食(くら)わず、労(つか)る者は息(やす)まず。
睊睊(けんけん)として胥(しょ)讒(ざん)り、民(たみ)乃(すなわ)ち慝(とく)を作(な)す。
命(めい)に方(そむ)きて民を虐(しいた)げ、
飲食(いんしょく)流(なが)るるがごとく、
流連(りゅうれん)荒亡(こうぼう)して、諸侯(しょこう)の憂(うれ)いと為(な)る。
流れに従(したが)いて下(くだ)り、反(かえ)らざるを流(りゅう)と謂(い)い、
流れに従いて上(のぼ)り、反らざるを連(れん)と謂い、
獣(けもの)に従いて厭(あ)くこと無きを荒(こう)と謂い、
酒を楽しみて厭くこと無きを亡(ぼう)と謂う。
先王(せんおう)には流連の楽しみ無く、荒亡の行い無し。
惟(た)だ君の行(おこな)う所のみなり。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 今は違っている。
- 軍が出て糧を取っても、飢えた者は食べられず、
苦労する者も休めない。 - みな不満を抱え、役人はお互いを中傷し、
ついには民は悪事を働くようになる。 - 命令は乱れ、民は虐げられ、
食べ物と飲み物は川のように流れ、
遊び歩き、放縦にふけり、国の災いとなっている。 - 流れに任せて下り、戻らぬ者を“流”といい、
流れに逆らって上り、戻らぬ者を“連”という。 - 獣を追い続けて飽きることのないのを“荒”といい、
酒を飲んで飽きないのを“亡”という。 - 先王には、“流連の楽しみ”も、“荒亡の行い”もなかった。
それを行っているのは、まさに君主自身である。
4. 用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
師行(しこう) | 軍隊の出動、または官の出張。ここでは公的な活動。 |
睊睊(けんけん) | いきり立つさま、忙しく騒がしい状態。 |
胥讒(しょざん) | お互いに讒(ざん)し合うこと=中傷、告げ口の応酬。 |
慝(とく) | 隠れた悪意・邪心・悪事。 |
流連(りゅうれん) | 快楽に溺れ、戻らない様子。 |
荒亡(こうぼう) | 獣欲・酒色にふけり、身を滅ぼす様子。 |
先王(せんおう) | 古の理想的な王。ここでは聖王(堯・舜・文王など)。 |
惟君行之也 | 「それをしているのは、君(=あなた)です」と断言する語。 |
5. 全体の現代語訳(まとめ)
今の政治のあり方は、全く理想とかけ離れています。
軍が出動し、民から食料を取り上げても、
飢えた人には与えられず、働いた人も休めない。
役人たちは互いに中傷し合い、民は不満を募らせ、ついに悪事に手を染めます。
命令は乱れ、民は苦しみ、
一方で支配者たちは、酒やごちそうを川のように流し、
遊び歩いては節度を失い、国を危うくしています。
流れに任せて戻らないのを「流」、
逆流しながらも戻らないのを「連」、
獣を追って飽きないのを「荒」、
酒に溺れて飽きないのを「亡」と言います。
先王たちは、このような「流連の楽しみ」も「荒亡の行い」もしていませんでした。
それをしているのは、あなた自身なのです。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、「為政者の享楽と無責任が、国家や組織を滅ぼす」ことを痛烈に告発したものです。
孟子の思想と重なるポイントは:
- 公に従事する者(軍や役人)が報われないと、社会の秩序は崩れる
- リーダーが私欲・遊興に溺れれば、民は乱れ、国は壊れる
- 悪の原因は“民”にあるのではなく、
そのように仕向けたリーダーにある、という厳しい真理
晏子(あるいは孟子のような儒者)は、
為政者に対して「まず自分の行いを正せ」と訴えているのです。
7. ビジネスにおける解釈と適用
✅ 「組織の乱れは、リーダーの私利私欲から始まる」
- 経営者が高報酬や贅沢に溺れながら、
現場が疲弊しているような状況は、まさに「流連荒亡」。 - 現場に目を向けず、“快楽の流れに身を任せる”ような経営判断は、
社員の不信と反乱(=慝)を生む。
✅ 「現場を支えないマネジメントは、国家を破る政治と同じ」
- 成果を出しても評価されず、困窮しても救済されないなら、
組織の健全な人材は離れ、不正や不信が横行する。
✅ 「トップの享楽が“模範”となってはならない」
- トップが社内イベントや接待・出張を「休み」や「特権」として扱うと、
それは**“文化の腐敗”の起点**となる。
8. ビジネス用の心得タイトル
「リーダーの“遊び”が国を壊す」
──“流連荒亡”に堕した瞬間、組織の崩壊が始まる
この章句は、政治における自壊と、企業経営における“徳”の欠如がどうつながるかを象徴的に教えてくれます。
ご希望があれば、これを元にした**「リーダー行動のリスク評価チェック」**などもご提供可能です。
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