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商品の性格を見きわめずに

C社は建築資材を扱う商社で、社員数はおよそ80人。石油不況の影響で本業は低迷しており、新たな事業の立ち上げを模索していた。主な候補として挙がっていたのは二つ。冷凍食品の分野と、プロパンガスや都市ガス用ホース接続器に取り付ける安全装置の開発だった。

冷凍食品については、特定の企業と連携し、農協や大手企業の生協などに販路を広げる計画が立てられていた。一方、ガスの安全器に関しては、ある商社を窓口に据え、まずは月間1万個を目標にプロパン業者へ供給する戦略が描かれていた。

話を聞いているうちに、「これは駄目だ」と直感した。そこに見え隠れしているのは、まさに「天動説」の発想だ。物事がそんなに簡単に進むはずがない。冷凍食品の市場はすでにメーカーが乱立し、過当競争の状態にある。今さら素人が参入して成功する見込みはほとんどない。先行している企業ですら業績不振に苦しんでいるのが現実だ。それだけではなく、冷凍食品の製造に必要なレシピや製造設備、技術、資本といった基盤についての具体的な検討が全くなされていなかった。

もう一つの重大な問題は、原料が市況商品である点だ。市況商品である以上、相場は激しく変動する。その状況下で、採算が取れる価格で安定して原料を仕入れるのは、長年の経験を持つプロであっても難しい話だ。そんな中で、素人が手を出すというのは無謀にもほどがある。

「専門家を雇えば解決する」というのはただの観念論に過ぎない。本当に優秀な専門家であれば、そもそも他人に雇われるような立場にはいない。自分で独立して商売をするのが普通だ。他人に雇われている時点で、能力が限られているか、実力がないことを暗に示しているだけだ。

もう一つの問題は販売だ。農協や大企業の生協に売り込むと言うが、「知り合いにコネがあるから大丈夫」という考えは甘すぎる。そのコネというのは、せいぜい限られた範囲でしか通用しない。しかも、本当に優れたコネを持つ人間は、すでに先行する大手企業が確保しているか、自らそのコネをフル活用して事業を展開しているのが現実だ。浅はかな期待では、この激しい競争の中で立ち回れるはずがない。

そもそも、コネだけに頼って販売を成り立たせようとするのは、現実を見ていない証拠だ。市場はそんなに甘くはなく、たやすく道を開いてはくれない。先発の業者ですら死にもの狂いで奮闘し、それでも成功をつかみきれない状況なのに、新参者が準備も不十分なまま参入して成果を上げられるはずがない。こうした未経験の分野への進出というのは、十分な資金と時間を持ち、業界に深い蓄積を持つ企業だけが挑戦できるものだ。それがない状態での参入は無謀としか言いようがない。

もう一つのガス安全器に関する最大のリスクは、機能不良による事故だ。この分野では絶対的な「信頼性」が欠かせない。だが、その信頼性を原価わずか40〜50円でどうやって確保するつもりなのだろうか。「テストしたら問題なかった」といった安易な判断では済まされない。ここでは、二重三重の安全機能の設計と、それを支える高い加工精度が求められる。どれほどコストを削減しようとしても、信頼性を犠牲にした製品が受け入れられる余地はない。

万が一事故が起きた場合のリスクを考えれば、果たして流通業者がこの商品に飛びつくだろうか。過去にプロパンガス漏えい警報器が機能不良を起こし、大きな問題となった事例を、彼らは決して忘れていないはずだ。「安全器具」とは、その名の通り人々の安全を守るものであり、未経験の事業者が軽々しく手を出してよいものではない。信頼を裏切るリスクがある限り、業界は慎重に構えるだろう。

さらに、一個100円程度の低価格商品を、日々忙しく人手不足に悩むプロパン業者が積極的に販売してくれるだろうか。利益率の低い商品に力を入れる余裕など、彼らにはほとんどないはずだ。それにもかかわらず、まだ販売を開始していない段階で「当面月商1万個」という目標を掲げているのは、現実を無視したただの夢物語に過ぎない。成功が見込める根拠のない計画は、破綻が目に見えている。

販売会社である以上、販売の難しさがいかに厳しいものか、骨身にしみて理解しているはずだ。それなのに、自社で開発した製品となると途端に冷静さを失い、「これは必ず売れる」といった「天動説」に取り憑かれてしまう。市場の厳しさや競争の現実を無視し、自己満足だけで成功を確信するその姿勢は、まさに盲目的と言わざるを得ない。

新商品や新事業というものは、ただ「思いついた」からといった理由で始められるものではない。また、何らかのコネがあるからといって、それだけで成功するほど簡単なものでもない。綿密な市場調査、確かな戦略、そして十分な準備がなければ、どんな新しい試みも砂上の楼閣に過ぎないのだ。

事業を成功させるには、あらゆる条件を十分に検討し、それを確実に満たす必要がある。また、失敗の要因を事前に把握し、最悪の事態に備えることが不可欠だ。その上で、時間をかけて慎重に取り組むべきだ。特に、新事業において最も困難な課題である「販売」をどう進めるかについては、徹底的に考え抜かなければならない。この部分を軽視すれば、どれだけ他の準備を整えたとしても成功には程遠い。

商品の性格と市場を見誤るな ― C社の新事業挑戦から学ぶ慎重な判断の重要性

新事業や新商品の展開には、多くのリスクと困難が伴います。C社のケースでは、石油不況による本業の不振を補うため、冷凍食品とガス用接手の安全器具という異なる分野での新規事業を計画していましたが、どちらの事業も安易な見通しに依存していたことが課題です。ここでは、C社の事例をもとに、新規事業を始める際に重要なポイントを掘り下げます。

1. 冷凍食品事業の難しさ ― 過当競争と市場の性格

冷凍食品は既に競争が激しく、大手メーカーがしのぎを削る市場です。C社は、コネクションを利用して農協や企業の生協に売り込む予定でしたが、これは甘い見通しです。冷凍食品事業を安定的に運営するには、以下のような準備が必要です:

  • 製造設備や技術の確保: 冷凍食品の製造には専門の技術や高度な設備が欠かせません。C社にはその準備がなく、また原料調達の経験も乏しかったため、安定した製造体制が難しいことが明らかでした。
  • 市場価格の変動リスク: 冷凍食品の原料は市況商品で、価格変動によりコストが大きく変わるリスクがあります。価格変動の波に対処するには、豊富な経験や柔軟な調達戦略が必要ですが、これを素人が行うことは難しく、事業の不安定要素となります。

2. ガス用接手の安全器具 ― 信頼性と市場ニーズの誤認

ガス接手の安全器具は、事故を防ぐために非常に高い信頼性が求められる商品です。C社の安全器具は低価格の製品で、品質や信頼性を担保するには無理がありました。また、流通業者やプロパンガス業者に販売するには、以下の点を十分に考慮する必要があります:

  • 安全性と信頼性の確保: 安全器具には高い加工精度と多重の安全機能が求められます。価格を下げるあまり信頼性を犠牲にすることは避けるべきで、万一の事故のリスクを考えれば、導入する流通業者も尻込みするでしょう。
  • 流通業者の意欲: 一個百円程度の低価格商品を扱うには、流通業者やプロパン業者がその商品に十分な意欲を持って販売してくれることが条件です。しかし、手間がかかり利益の少ない商品に力を入れるかは不透明です。

3. 新規事業の成功条件を満たすために

新事業や新商品を成功させるためには、単なる「思いつき」や「コネ」だけに頼らず、事業として成立するための多様な条件を満たす必要があります。特に重要なのは以下の点です:

  • 市場調査と競合分析: 競争の激しい市場に参入する場合、競合状況や消費者ニーズを十分に把握し、独自の強みを作り出すことが求められます。
  • 販売戦略の明確化: 事業の難関である「販売」をどう成功させるかは、事業の成否を左右します。対象市場や販売方法、販売先との契約形態、価格設定などを具体的に検討する必要があります。
  • リスク管理と準備: 信頼性が重視される商品では、品質や安全性に妥協せず、事前にテストと品質管理体制を整備することが不可欠です。最悪のケースも想定し、リスクに対する備えを万全にすることが求められます。

まとめ

C社のように、既存事業が不振に陥ったとき、安易に異分野の新事業に手を出すことは大きなリスクを伴います。事業を成功させるには、思いつきや単なるコネに頼らず、市場の性格を正確に見極め、徹底的な調査と準備を行うことが重要です。また、事業の難関である販売面での計画を詳細に練り、リスクを軽減しながら慎重に取り組む姿勢が欠かせません。

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