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人を見る目がなければ、制度は機能しない

— 才ある者を選ぶ難しさと、うわべに惑わされぬ眼力

太宗は吏部尚書の杜如晦に、人材採用のあり方について疑問を呈した。
表面的な話しぶりや文章力ばかりが重視されており、その人物の本質、つまり人格や行動規範が見られていない――
そのような者が数年後に悪行を働いたとしても、そのときにはすでに民は害を被っており、刑罰を与えたところで遅すぎるのだ。

杜如晦は、前漢・後漢の官吏登用制度を例に挙げた。
当時は郷里での評判を重視し、地域社会における人望をもって推挙されていたため、優秀な人材が多かった。
一方、現在の制度は大量採用を前提としており、候補者はうわべを巧みに装い、選抜する側は階級に従ってランク分けするのみ。これでは本質を見抜けず、有能な人材を逃してしまうのは当然であると述べた。

太宗はこれを受け、漢代のように各州から推薦を受ける制度に改革しようと試みたが、時を同じくして功臣への世襲制導入の議論が浮上し、この制度改革は実現しなかった。


ふりがな付き引用

「貞(じょう)観(がん)三年(さんねん)、太宗(たいそう)、吏部尚書(りぶしょうしょ)杜如晦(とじょかい)に謂(い)いて曰(いわ)く、
『比(このごろ)吏部(りぶ)の人(ひと)を擇(えら)ぶを見(み)るに、惟(ただ)其(そ)の言詞(げんし)・刀筆(とうひつ)を取(と)るのみ。其(そ)の景行(けいこう)を悉(つく)さず。数年(すうねん)の後(のち)、悪跡(あくせき)始(はじ)めて彰(あらわ)る。たとえ刑戮(けいりく)を加(くわ)うるも、百姓(ひゃくせい)已(すで)に其(そ)の害(がい)を受(う)けたり。如何(いかん)ぞ善人(ぜんにん)を獲(え)んや』。
如晦(じょかい)、對(こた)えて曰(いわ)く、
『両漢(りょうかん)、人(ひと)を取(と)るに、皆(みな)行(こう)閭(りょ)に著(あら)われ、州郡(しゅうぐん)之(これ)を貢(すすめ)て、然(しか)る後(のち)に入用(にゅうよう)す。故(ゆえ)に当時(とうじ)、多士(たし)と号(ごう)せらる。今(いま)、毎年(まいとし)選集(せんしゅう)する者、数千人(すうせんにん)に向(む)かう。厚貌(こうぼう)巧詞(こうし)、知悉(ちしつ)すべからず。司(つかさ)は但(ただ)其(そ)の階品(かいひん)を配(くば)るのみ。銓簡(せんかん)の理(ことわり)、実(じつ)に未(いま)だ精(せい)ならず。此(ここ)を以(もっ)て才(さい)を得(え)ざるなり』。
太宗、乃(すなわ)ち将(まさ)に漢時(かんじ)の法令(ほうりょう)に依(よ)らんとし、本州(ほんしゅう)に辟召(へきしょう)せしむ。会(たまたま)功臣(こうしん)等(ら)世封(せいほう)の事(こと)を行(おこな)わんとするに会(あ)い、遂(つい)に止(とど)まる。」


注釈

  • 吏部(りぶ):人事・登用・任免を司る官庁。現在でいえば人事院や公務員制度の中心。
  • 景行(けいこう):人格や品行。外見ではなく内面・徳行を指す。
  • 刀筆(とうひつ):文章作成や弁舌などの技巧。
  • 厚貌巧詞(こうぼうこうし):立派な外見と巧みな言葉。見かけ倒しの意。
  • 銓簡(せんかん):人材登用における選考制度や評価基準。
  • 辟召(へきしょう):特定の人材を召し出す制度。通常の登用とは別に、推薦によって選ばれる。

ありがとうございます。今回は『貞観政要』巻一「貞観三年」より、唐の太宗と吏部尚書・杜如晦(とじょかい)による人材登用制度のあり方についての対話です。この章句は、「人を“言葉”や“見た目”で選ぶ危うさ」と、「人物評価の実質化」への重要な示唆を含んでいます。

以下、ご指定の構成に従って丁寧に整理いたします。


目次

題材章句:

『貞観政要』巻一「貞観三年」──太宗と杜如晦による人材選抜の是正提言


1. 原文

貞觀三年、太宗謂吏部尚書杜如晦曰、「比見吏部擇人、惟取其言詞刀筆、不悉其景行。數年之後、惡跡始彰、雖加刑戮、而百姓已受其害。如何可獲善人」。
如晦對曰、「兩漢取人、皆行著於閭里、州郡貢之、然後入用、故當時號爲多士。今毎年選集、向數千人。厚貌深詞、不可知悉、考司但配其階品而已。銓簡之理、實未得其方、是以不能得才」。
太宗乃將依漢時法令、本州辟召。会功臣等将行世封事、遂止。


2. 書き下し文

貞観三年、太宗、吏部尚書・杜如晦に謂(い)いて曰く、
「近ごろ吏部の人材選抜を見れば、ただその言葉巧みや文筆の能力を取るばかりで、その人の高潔な行いや人となりを知ろうとしない。
しかし数年後にはその悪しき本性が現れ、たとえ刑罰に処しても、すでに民はその害を被っている。これではどうやって善人を得られるというのか」。
杜如晦が答えて言った、
「前漢・後漢の時代は、人の行いが郷里に知られた上で、州や郡が推挙し、それから中央に登用されました。だから当時は人材が多いことで知られていました。
しかし今は、毎年数千人が選集され、外見は立派で言葉は巧みでも、その内面まで知ることはできません。担当官は階級に応じて配属するだけであり、選考の理(ことわり)はまだ確立しておらず、だからこそ人材が得られないのです」。
太宗は、漢の法に倣い、各州での推挙方式を採用しようとしたが、ちょうど功臣らへの世襲封爵の制度が始まったため、一時中止された。


3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)

  • 「貞観三年、太宗は吏部尚書・杜如晦にこう言った」
  • 「最近、吏部の人材選抜を見ると、言葉や文筆ばかりを評価していて、その人の徳行や実績を知らないまま採用している」
  • 「しかし数年経つと、その悪事が表れ、罰しても手遅れで、すでに民がその害を受けている」
  • 「これでどうして善人を得られるというのか」
  • 「杜如晦が答えた」
  • 「前漢・後漢では、まず人柄が郷里で知られ、それをもとに州や郡が推挙して中央で任用された。それゆえ人材豊富と称された」
  • 「だが今では毎年数千人が集まり、表面的には立派に見えても、その内実はよく分からない」
  • 「吏部では官階に応じて配属するだけであり、選抜の方法はまだ確立されていない。だから優秀な人材が得られないのだ」
  • 「太宗は、漢代のように州ごとに推挙させようとしたが、功臣への世襲制の施行と重なったため、中止した」

4. 用語解説

  • 吏部尚書(りぶしょうしょ):官吏の任免・考課を担う最高人事官(現代でいう人事院長や人事部長に相当)。
  • 言詞刀筆(げんしとうひつ):話術や文才、弁舌の能力。外面的な知性やパフォーマンス。
  • 景行(けいこう):高尚な行い、徳のある振る舞い。
  • 銓簡(せんかん):人材を選抜・評価し、適任に就けること。
  • 辟召(へきしょう):地方からの推挙によって人材を任用する制度。
  • 世封事(せいほうじ):功臣の子孫に対する世襲的な封爵(領地や地位の継承)制度。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

太宗は杜如晦に対し、次のように批判した──
「最近の人事選考では、話術や文筆だけを見て、その人の徳や行いを知らずに登用している。数年経てば悪行が表れて、罰しても民はすでに迷惑をこうむっている。これではどうして善人を得られるだろうか」
杜如晦は答えた──
「漢代では、まず郷里で人となりを知られてから地方官に推薦され、そこから中央で用いられていました。だから人材が豊富だったのです。今は応募者が多すぎて、外見や言葉だけでは見抜けず、階級に応じた配属だけでは実力のある人物を得るのは難しいのです」
太宗は、これを受けて地方からの推挙制度を復活させようとしたが、ちょうど功臣への世襲制度を進めていたため、いったん保留された。


6. 解釈と現代的意義

この章句は、**「人を見る目の限界」と「人材選抜方法の制度疲労」**を鋭く指摘しています。

  • 太宗は、「形式的な能力」だけを見て、「人柄・行動実績」が見えない人事に危機感を抱いており、「組織の失敗は人の選び方に原因がある」と捉えています。
  • 杜如晦は、「仕組み上、人となりが見えにくくなっている」と正直に認め、古来の“地域推薦制”に回帰する提案が生まれました。

7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)

A. スキル偏重の採用の危うさ

  • 履歴書や面接での印象(言詞刀筆)だけで判断すると、後から「人間性に問題があった」ことが露呈し、組織に損害を与える可能性がある。

B. 地元での評価=現場評価の活用

  • 杜如晦が言う「郷里での評判」は、現代で言えば「現場評価・チーム評価」のこと。数字や成果だけでなく、人となりを知る評価制度が不可欠。

C. 採用制度の見直しは“時代ごとに最適化”せよ

  • 太宗が制度改革をしようとしたように、採用プロセスも時代の変化に合わせて柔軟に見直し続けなければならない。

8. ビジネス用の心得タイトル

「見るべきは言葉でなく人となり──制度の限界を超えて人を得よ」


この章句は、現代の採用・登用における“人間性の評価の難しさ”と“制度の設計”の両面を問い直す格好の題材です。

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