M社は靴を扱うチェーン店で、大小さまざまな規模の店舗を合わせて15店舗展開している。そのうち5店舗が赤字を抱えており、中でも3店舗は本社費用の負担どころか、店舗運営自体の費用すら賄えていない状況だ。社長にこれらの赤字店舗についてどうするつもりか尋ねると、具体的な対策は一切なく、返ってくるのは赤字の理由ばかりだった。
あの店は近くに地下街ができたせいで客を奪われた、この店は商店街を分断する道路が拡張されて客足が途絶えた、あちらの店は立地が悪い、こちらの店は売り場面積が狭すぎる――社長が挙げるのはそんな理由ばかりだ。それらの店舗を実際に回ってみると、確かに社長の言う通りだと思える状況が広がっていた。
私は、その3店舗の閉鎖を提案した。残りの2店舗は赤字ではあるものの、少なくとも店舗運営の費用は賄えているため、営業を続けても会社全体に直接的な悪影響は与えない。利益は出ていないが、大きな損失もない以上、当面は現状維持で構わない。しかし、店舗そのものが赤字を垂れ流している場合、それを続けること自体が会社にとって損失を拡大させる要因となるためだ。
こういった店舗を黒字転換させるのは、ほとんど不可能だと考えるべきだ。これまでの数年間で、黒字化を目指した施策が何度も試みられてきたはずだ。それでも結果が出ない以上、今後も黒字化の見込みはないと言っていい。延命策を続けるだけでは、さらに損失が膨らむだけだ。
潔く見切りをつけ、パートは整理し、社員については人手が足りない部署に配置するか、次の出店に備えた待機要員として確保する――これが私の補足説明だった。
私の提案を聞いた社長は、「せっかく出した店を閉鎖するのはもったいない。何とかして黒字転換できる策を考える」と言い出した。
そして、これまで何度も試して失敗してきた手を、また繰り返し打ち出したのだ。商品構成を変えるだの、店長を入れ替えるだの、まったく新味のない策ばかりだ。ただ、店舗改装に手を出さなかったのが、せめてもの救いと言えるだろう。
結果は、言うまでもなく効果なし。1年間、私は繰り返し言い続けた。「そんなことをしても無駄だ。早く閉鎖するべきだ。効果のない取り組みに社長のエネルギーを費やすのはもったいない。それをもっと前向きで有効な方向に使いなさい」と。具体的な有効策もいくつも提案したが、それでも社長は閉鎖を決断しなかった。最終的に、私は見切りをつけるしかなかった。
M社長のこの態度は、決して特異なものではない。むしろ、経営者にとってはごく一般的な反応と言える。ここにこそ、深く考えるべき問題がある。一度開いた店舗、一度始めた取引、一度開発した商品――これらは、たとえ事業の足を引っ張るマイナス要素や成長のブレーキになっていたとしても、簡単には手放せないものだ。
逆に、何とかして実りのあるものに変えようと、あの手この手を次々に繰り出す。しかし、こういったケースでは、どんな手を打とうとも効果が上がることはまずないと言っていい。それでも効果がなければ新たな手を打ち、それがまた失敗すれば次の手を――と繰り返す。この悪循環では、いつまでたっても事態が好転することはあり得ない。
その気持ちが理解できないわけではない。ただし、本来の狙いは「業績向上」にあるはずであり、店舗の存続や得意先との取引継続そのものが目的ではないはずだ。目的を見失い、手段が目的化している状態では、根本的な問題解決にはつながらない。
業績向上を本気で目指すのであれば、むしろ迷わず捨てるべきだ。業績向上の見込みがないものに執着し続けるのは、ただの時間と資源の浪費でしかない。2年間も試行錯誤を繰り返し、それでも効果が上がらないのであれば、未練を断ち切り、思い切って手放すべきだ。それが経営の健全な判断というものだ。
この判断は、即座に赤字や費用の削減という具体的な成果をもたらす。それだけではなく、もう一つ重要な効果がある。「捨てたものに期待していた収益を、別の方法で補わなければならない」という強い動機づけが生まれることだ。これが新たな発想や行動を引き出し、結果として事業全体の活性化につながる可能性を秘めている。
このように、「捨てる」という決断は、新しいものを手に入れるための強力な動機づけとなる。つまり、それは「スクラップ・アンド・ビルド」を促進する行動にほかならない。スクラップのスピードが速ければ速いほど、ビルドのスピードも自然と加速する。いや、むしろ速くしなければ生き残れないのだ。この循環が、事業の進化と成長を支える原動力となる。
常に背水の陣を敷くことで、その切迫感が経営者を真剣にさせる。本気で結果を追求しようとする意識は、危機感から生まれるものだ。私には、「スクラップのスピードが速いほど、業績向上のスピードも加速する」という信念がある。この相関関係は、多くの事例で証明されてきた。「経営戦略篇」で取り上げた月販会社「丸井」の例を思い出してほしい。あの大胆なスクラップ・アンド・ビルドの決断が、同社の成功を支えたのだ。
M社のように、経営戦略で店舗のスクラップ・アンド・ビルドを取り入れることには、次のような利点があります。
1. 速やかな赤字店舗の撤退
- 立地条件や周辺環境の変化で店舗の赤字が続いている場合、改善策を試しても効果がないことが多く、むしろ閉鎖によって経費削減につながります。黒字化が期待できない店舗は早めに見切りをつけるべきです。
2. 再投資のリソース確保
- 不採算店舗を閉鎖し、営業努力を効果的に活かせる店舗や新規出店の準備にリソースを再配分します。人材も、新店舗や既存の有望な店舗に再配置することで、限られた経営資源をより有効に活用できます。
3. スクラップが動機づけに
- 赤字店舗を捨てることで「代わりの収益源を探す」という動機が生まれます。この意識は、次の店舗開拓や新戦略の展開を真剣に進めるための原動力になります。
4. 柔軟な経営判断と成長スピードの向上
- スクラップ・アンド・ビルドの決断が早ければ早いほど、新規の展開や収益拡大に迅速に着手でき、業績向上にも良い影響を及ぼします。背水の陣に立つ覚悟が、会社全体に前向きな緊張感をもたらし、経営判断のスピードを向上させます。
5. 未来の成長に向けた構造改革
- 「業績向上」の目的に徹して、不採算店舗や非効率な仕組みを切り捨てることで、事業の効率が上がり、より堅実で将来性のある経営構造を築くことができます。成功のためには、過去の「もったいない」感覚にとらわれず、新しい成長の機会にリソースを投資する覚悟が必要です。
このようなスクラップ・アンド・ビルドは、経営戦略として大きな意味を持ち、業績改善や事業成長の加速に役立つでしょう。
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