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知とは、礼をわきまえることにあらわれる
形式を守ることは、知恵と品格のあらわれである 孔子は、魯の大夫・臧文仲(ぞうぶんちゅう)について、「知者だと評されているが、私はそうは思わない」と言い切った。その理由は、臧文仲が礼をわきまえず、本来諸侯だけが使用を許された亀卜(きぼく)用... -
親しさの中にこそ、礼と敬意を忘れない
時を経ても、互いを尊重し続ける関係こそ本物 孔子は、斉の名宰相・晏平仲(あんへいちゅう)についてこう語った。「彼は人とのつき合いにとても長けていた。時間が経っても、相手への敬意を失わなかったのだ」と。一般に、人は付き合いが長くなると馴れ合... -
人の上に立つ者に求められる、四つの徳
自らを律し、上を敬い、民に恵みを施し、義をもって使う 孔子は、鄭の名宰相・子産(しさん)について、「君子の徳を四つ備えていた」と称賛した。この「四つの徳」とは以下の通り: 行己恭(こう):自らの行動には常に慎みと礼をもって臨むこと。 事上敬... -
身分を超えて学ぶ者こそ、真に優れた人物である
学ぶことに上下はない。問いを恥じぬ者にこそ「文」の徳が宿る 子貢が孔子に、「孔文子(こうぶんし)はなぜ“文”という諡(おくりな)を得たのですか」と尋ねた。孔子はこう答えた――「彼は理解が早く、学ぶことを好み、自分より位の低い者にも教えを請うこ... -
知って満足するな、行ってはじめて身につく
学びを聞くだけにせず、すぐに行動に移すのが本当の誠実さ 子路は、孔子門下の中でも特に行動力に富み、忠義に厚く、実直な人物として知られている。そんな子路は、孔子から何かを教わると、それをすぐに実行しようと努めた。そして、すでに教わったことが... -
高みに至るには、まず足元から――具体の実践が抽象を支える
日々の徳を学ばずして、天命は語れない 子貢は孔子の教えについてこう語った。「私は、先生から礼や音楽(礼楽)といった国家の制度や、人としてのふるまい・日常に表れる徳などの具体的な実践はよく教わってきました。 しかし、『性(せい)』――つまり人... -
理想を語るな、理想に近づけ
志は立派でも、実行できてこそ価値がある 弟子の子貢(しこう)は、「自分が他人からされて嫌なことは、他人にも決してしないように心がけています」と孔子に語った。 この言葉は、いわゆる“己の欲せざる所は人に施すなかれ”の精神そのもの。ところが、孔... -
本当に強い人とは、我を捨てて信念を貫ける人
剛とは、意志を貫く力。しかしそれは、私欲から自由であってこそ 孔子はあるとき、「私はまだ、本当の意味での“剛者”を見たことがない」と語った。するとある人が、「申棖(しんとう)は剛者ではありませんか」と問いかけた。しかし孔子は、「いや、申棖に... -
言葉ではなく、行いにその人の本質があらわれる
美辞麗句よりも、日々の態度を見よ 孔子の弟子・宰予(さいよ)は、立派なことを言う一方で、私生活では怠惰で、日中から寝てばかりいた。この姿を見た孔子は深く失望し、「朽ちた木に彫刻はできない」「糞土の壁に塗装しても無意味だ」と、厳しい言葉で見... -
自分を低く見るのではなく、正しく見て高みを目指す
謙虚に学び、正直に語り、それでも志を捨てない 孔子は、弟子の子貢に「お前と顔回とではどちらが優れているか」と問いかけた。すると子貢は、「とても顔回には及びません。彼は一を聞いて十を知るほどの人物ですが、私はせいぜい二を知る程度です」と答え...