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春の華やかさも良いが、秋の澄んだ美には及ばない
春の日は、万物が一斉に芽吹き、景色は華やかで心も朗らかになる。その**「気象繁華(きしょうはんか)」の美しさは、人の心をゆるめ、のどかでゆったりとした気持ち(駘蕩)**にさせてくれる。 しかし―― 秋の日には、白い雲と澄んだ風が広がり、蘭(らん... -
志を保ちながら、環境の力で心を整える
山深い林や、泉の湧く岩場――そうした自然の中を気ままに歩くことで、世俗の煩わしさに染まった心も、次第に静まり清められていく。 また、詩や書の読書にふけり、絵画をゆったりと鑑賞するような時間は、知らず知らずのうちに心を洗い、身に染みついた俗気... -
栄達を望まなければ、惑いも失望も近づかない
私が出世や栄誉を望まなければ、世間が差し出してくる**「利禄(りろく)」――大きな利益や高禄――という**香り高い誘惑(=香餌)に心を乱されることもない。 私が人と競って官職や名声を得ようとしなければ、誰かに足を引っ張られたり、策略に陥れられたり... -
理想郷は遠くにあらず――日常にこそ、喜びと静寂がある
竹垣のそばで犬が吠え、鶏が鳴く――ただそれだけの素朴な音が、ふと心をうっとりさせて、まるで雲の中にある仙人の世界にでもいるような気分にさせてくれる。 また、書斎にいると、いつも蝉の声が聞こえ、カラスの鳴き声が響く。そのときに初めて気づくのだ... -
身と心を自由に保てば、世間の動きに左右されない
自分の“身”を、つねに間(ま)ある静かな場所――つまり心身の余白を持った場所――に置いておく。そうすれば、世間でよく言われる**「栄誉」や「恥辱」、「成功」や「失敗」**といった騒々しい評価に、心を振り回されることはない。 また、自分の“心”を、つね... -
光を和らげ、塵に同ず――俗の中にあって、俗に染まらず
俗世間を超越する(=出世)ための道は、山に籠ることではない。むしろ、この世の中を普通に生き、世の人と交わりながらも、その内に静かなる悟りを持っていることが本当の出世の道である。 また、心を悟る(=了心)ための修行とは、欲を断ち切り、人間味... -
濃は淡に勝てず、俗は雅に及ばない――真の品格は静けさと素朴さに宿る
高位高官たちが、礼服や冠(衮冕)を身にまとって行進している中に、藜(あかざ)の杖をついた一人の隠者(山人)が加わると、その場に凛とした高風(こうふう)=品格ある趣が一段と引き立つ。 一方で、漁師や木こりが行き交う田舎道に、礼服を着た役人(... -
自然に身をゆだねれば、心身ともに生き返る
蘆(あし)の布団にくるまり、雪の中、雲の中にあるような山のあばら家で眠る。そんな簡素な暮らしの中でこそ、部屋全体に満ちる“夜気(やき)”――静かで清らかな気(き)――を体の中に深く蓄えることができる。 また、酒を手に、清らかな風に向かって詩を吟... -
騒がしさは記憶を曇らせ、静けさは思考を澄ませる
ごたごたとした騒がしい環境に身を置くと、普段はしっかり記憶していたはずのことまで、うっかり忘れてしまうようなことが起こる。 一方で、静かで清らかな場所に身を置くと、かつて忘れていたような昔の記憶でさえ、ふと、鮮やかに思い出されることがある... -
執着を手放せば、どこにいても心は自由である
山林は、もともと隠棲や静かな生活に最適な場所である。しかし、そこに過剰な憧れやこだわりを抱いて執着してしまえば、それはもはや町中の喧騒と変わらず、俗世の延長になってしまう。 また、書や絵画といった芸術は、もともと高雅な趣味である。しかし、...