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過去に善をなしたとしても、今また同じことをすれば良いとは限らない
孟子は、善行であっても、それを繰り返すことが常に正しいとは限らないと説く。背景となるのは、斉の国で起こった飢饉のときのこと。弟子の陳臻が、「人々は先生が以前なさったように、また棠の倉を開いて米を配ってくれることを望んでいます」と言った。 ... -
見かけや痕跡では、本質の価値は量れない
弟子の高子が、古代の聖王・禹(う)の音楽は、後代の文王の音楽よりも優れていると述べたことに対し、孟子はそれを否定する。高子の根拠は、「禹の鐘の取っ手がすり減っているから」であり、それを「よく使われた証拠=優れていた証拠」と考えた。 しかし... -
学びも徳も、怠ればすぐに塞がる
孟子は、弟子の高子に対して、学問や修養を怠る危うさを比喩的に語っている。彼はこう言った:**「山の中の小道も、通い続けていれば道となるが、しばらく使わなければすぐに茅(かや)が生い茂って塞がれてしまう」**と。 同様に、人の心も修養を怠れば、... -
自ら光を放たなければ、人を照らすことはできない
孟子は、人を導くにはまず自らが明らかでなければならないと説く。賢者とは、自らの「昭昭(しょうしょう)=明らかな徳」をもって人々を照らし、導くことができる存在である。 しかし、現在の為政者たちは、自らが「昏昏(こんこん)=徳もなく暗愚」であ... -
正しき者は、そしられる宿命にある
弟子の貉稽(かくけい)が、「多くの人に悪く言われて困っている」と嘆いたとき、孟子はそれにこう応えた。**「気にするな。それは士(=志ある者)の証しである」**と。 孟子の見解は明快だ。士(し)とは正義を貫く者であり、正しき道を行く者は、多くの... -
優れた人物でも、理解者がいなければ道を行えない
孟子は、聖人孔子でさえ、理解されない環境にあっては苦境に立たされたことを語り、人物の大きさと時運の関係性を示している。 孔子が陳と蔡の間に滞在していたとき、糧食が尽き、従者たちも倒れるほどの苦難に見舞われた。その理由を孟子は、「上下の交わ... -
去るにも礼がある──国との関係で態度を変える
孟子は、国を去るときの態度には「道=節度・礼儀」があると説き、孔子の具体的な行動を通してその意義を語っている。 孔子が故郷である魯(ろ)国を去るとき、こう言った。「遅遅として、吾行く(ちちとして、われゆく)」。これは、まるで名残を惜しむか... -
仁と義があってこそ、人は人としての道を歩める
孟子は、人が人であるために不可欠な徳として**「仁」**を挙げた。仁とは、人間の根本的な愛や思いやりの心であり、それが備わって初めて“人らしい”存在といえる。 さらに孟子は、仁と義が合わさって初めて「道」、すなわち人としての正しい生き方が形づく... -
聖人の教えは百世を超えて人を変える
孟子は、聖人とは時代を超えて人々の師であると語る。それはただ同時代の人々を導く存在ではなく、百代(=千年)を超えてなお人々を感化し、奮い立たせる存在だと強調している。 たとえば―― **伯夷(はくい)**の清廉な遺風を聞いた者は、強欲な人でさえ... -
最も貴いのは民、最も軽いのは君主
孟子は、「民こそが国家の根本である」という思想を、明確かつ大胆に宣言している。この章で説かれるのは、「民本思想」の核心であり、後の「易姓革命論」にまでつながる、孟子の政治哲学の真髄である。 孟子によれば、国家においては次のような順序がある...