― たとえ登用でも「慎み」が要になる
孟子は斉の宣王に対して、人材登用の軽率さを戒めた。
「古くから続く由緒ある国」とは、大きな樹木(喬木)がある国ではない。
代々仕えて君主と命運を共にする「世臣」がいる国をいうのだと。
ところが、王には親しく信頼できる臣下がいない。
昨日登用したばかりの者が、今日はどこにいるかもわからない――
そんな人事が信をもたらすはずがない。
王が「どうすれば不才の者を見抜けるのか」と問うと、孟子は答える。
「国君が賢者を進めるときは、どうしても必要という場合のように、慎重にすべきです。
地位の低い者を高く用い、遠縁の者を近しい者より重んずるようなことなのですから、なおさら注意が必要です」と。
信頼に足る人物を見極め、慎重に抜擢する――
それが、国を支える人事の道である。
引用(ふりがな付き)
「孟子(もうし)、斉(せい)の宣王(せんおう)に見(まみ)えて曰(い)わく、
所謂(いわゆる)故国(ここく)とは、喬木(きょうぼく)有(あ)るの謂(いい)を謂(い)うに非(あら)ざるなり。
世臣(せしん)有(あ)るの謂(い)なり。
王(おう)には親臣(しんしん)無(な)し。昔者(せきしゃ)進(すす)むる所(ところ)、
今日(こんにち)其(そ)の亡(な)きを知らざるなり。
王曰(おうい)わく、吾(われ)何(なに)を以(もっ)て其(そ)の不才(ふさい)を識(し)って、而(しか)して之(これ)を舎(す)てん。
曰(い)わく、国君(こっくん)賢(けん)を進(すす)むるには、已(や)むことを得(え)ざるが如(ごと)くす。
将(まさ)に卑(ひ)をして尊(そん)に踰(こ)え、疏(そ)をして戚(せき)に踰(こ)えしめんとす。慎(つつし)まざるべけんや。」
注釈
- 故国(ここく)…古くから続く由緒ある国。形式ではなく、支える人材によって評価されるべきもの。
- 喬木(きょうぼく)…大きな木。見た目の象徴ではなく、内容(=人)が重要であることの比喩。
- 世臣(せしん)…代々仕えてきた忠義の家臣。国家の安定に必要不可欠な存在。
- 昔者(せきしゃ)…過日、昨日。
- 卑をして尊に踰え、疏をして戚に踰えしむ…地位の低い者を高い者の上に置き、縁遠い者を親族よりも重用すること。通常の秩序を逆転させる重大な決断である。
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