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自分で値段をきめられる事業をしたい

N社はビル塗装業を営んでいましたが、ゼネコンや官公庁を主要取引先としても業績が振るわず、事実上価格も自由に設定できない厳しい状況にありました。私は社長に「自分で価格を決められる事業」の重要性を問いかけ、過去の受注実績から新たな可能性を探ることを提案しました。その中で浮かび上がったのが「マンション塗り替え」の市場です。

目次

業績不振と価格決定の課題

新たな可能性:「マンション塗り替え」市場の発見

受注活動と定期訪問の戦略

新たな事業定義と総合メンテナンスの展開

集中の原理と堅実な成長戦略

N社はビル塗装業を営んでおり、私が訪問した際には、極度の業績不振に苦しんでいた。主要な取引先はゼネコンと官公庁だったが、ゼネコンからの請負は名ばかりで、実際にはゼネコンの予算に合わせなければ受注は事実上不可能な状況だった。さらに、追加工事や変更の多くがほとんど無償で対応させられていた。

官公庁からの仕事は、ゼネコンに比べれば価格面では良かったものの、ほとんど順番待ちのような状態で、積極的に拡販することができなかった。

社長は当時の状況を振り返り、「お先真っ暗で、倒産を待つほか方法はないと思っていました。仕事の付き合いで行くゴルフもスコアはめちゃくちゃで、ティーショットのアドレスに立っても、頭の中はゴルフどころか、行き詰まった我が社のことでいっぱいでした」と私に語ってくれた。

私は、「自分で値段が決められず、販売活動もままならない事業では、何をやっても上手くいかないのは当然です。自分で値段を決められる事業をやりたいとは思いませんか?」と問いかけた。社長は、「それがどうすればできるのか分からず、困っているんです」と答えた。

そこで、「それでは」と過去三年間の受注票を見せてもらうことにした。社長が持ってきてくれた受注票を一枚一枚めくっていると、ある伝票が目に留まった。それは、マンションの塗り替え工事の受注票だった。

マンション塗り替えの受注活動を行ったことがあるか聞いてみると、「やったことがない」とのことだった。ということは、これは先方から飛び込んできた注文だと考えられる。

こちらから何も働きかけをしていないにもかかわらず、向こうから飛び込んできたということは、「シンデレラ」(商品分析の概念で述べた通り)の資格があるということだ。

私は社長にこの点を指摘し、次の二つの情報を集めるようお願いした。ひとつはマンションの塗り替えに関する情報、もうひとつは東京都内の中小型ビルの数についてである。

調査の結果、マンションは建築後8〜10年で塗り替えが必要になることがわかった。また、その費用は入居者の自治会が積み立てを行い、浄化槽の清掃や建物の塗り替え費用に充てられていることが判明した。塗り替え費用は800万円〜1500万円程度とのことである。

東京都には約2万棟の中小マンションがあるとのことだった。私は社長に「この仕事は新事業として考える価値がありそうだ」と伝えた。価格的にも十分採算が取れそうで、東京都の中小ビル2万棟が10年に一度塗り替えを行うとすると、年間で2000棟。そのうちの1割を取れば年間200棟、1%でも年間20棟になる。1棟あたりの塗り替え費用が平均1000万円とすると、年間2億円の売上になる計算だ。

社長は試みにこの事業に取り組むことにした。受注活動として、自動車を所有している女性を1名採用し、車両関連の費用はすべて会社が負担することにした。また、休日のプライベート使用分のガソリンも、会社指定のガソリンスタンドを利用すれば会社が負担するという条件をつけた。

定期巡回は、会社が指定する物件を月に一度訪問し、マンションの場合は自治会長、企業の場合は総務責任者を訪問する形にした。また、受注ノルマは設定せず、10年間で計120回の訪問を行えば受注の可能性は非常に高いと見込んだ。これは定期訪問の威力を活かした戦略である。

仮に一人が月に一度の表敬訪問で10年間に1回塗り替えの受注を取れるとすると、1日10社、週5日訪問すれば、1週間で50棟、1か月で約200棟を訪問する計算になる。したがって、1か月あたり約6棟の受注が見込まれる。この計算は簡単な確率に基づくものだ。

社長は女性パート1名と男性嘱託1名を採用し、巡回を開始した。その結果、巡回開始から8か月後に3棟の受注があり、さらに2か月後に1棟を受注した。1棟につき月1回の訪問を行っていたので、訪問8〜10回でこの成果を上げたことになる。

巡回を始めたばかりの段階で、すでに月あたり0.5棟の受注が実現している。この成果は、2年後、3年後にはさらに増加することが期待でき、市場実験の結果は「ゴーサイン」を出すに十分である。セールス人員を5人程度に増員すれば、さらに大きな成果が期待でき、事業として立派に成立する可能性が見えてきた。定期訪問の威力が発揮されている。

社長はこの結果に勇気づけられ、塗装工事の現場にも頻繁に足を運ぶようになった。すると、マンションの入居者から様々な修理の依頼が舞い込むようになった。入居者は建築会社に依頼してもなかなか対応してもらえず困っているという。こうした依頼を受けているうちに、社長は「これは新たな事業になる」と考えるようになった。

この修理メンテナンスを始める際に、社長は私から聞いていた「我が社の事業」の定義づけを思い出し、「我が社の事業は『中小ビルの総合メンテナンス』である」と定義づけることにした。

マンションの塗り替えから始まったこの仕事は、「マンションの総合メンテナンス」という事業へと成長した。そして10年後、社長からいただいたお手紙には次のように書かれていた。

「長年の念願であった『自分で値段を決められる事業』をついに築き上げ、さらに新たな事業を考える余裕も持てるようになりました。」

事業というものは、最初は力がないのだから、専業として全力を注ぐことが最も成功しやすい。この考え方を「集中の原理」と呼ぶ。そして、成功を収めたら新たな事業を加え、総合化を図る。この順序こそが正しく、堅実な戦略と言えるだろう。

まとめ

市場調査と定期訪問の戦略により、N社はマンション塗り替えの受注拡大に成功し、事業の軸足を「中小ビルの総合メンテナンス」へと移すことができました。さらに、堅実な成長戦略「集中の原理」を活用し、専業に全力を注ぎながら、新たな事業の展開が可能になったのです。社長にとっては、自ら価格を決め、成長の道を見出す事業を築き上げた成功例となりました。

N社が「自分で値段を決められる事業」を築き上げた成功事例は、従来の業務形態に固執せず、周囲の環境や市場のニーズに目を向け、専業から始めて確実な収益基盤を築いたという点で大変示唆に富んでいます。以下、N社が成功した要因とその戦略的なアプローチを整理します。

1. 自分で価格を決められる事業を模索する

  • N社は、価格競争やゼネコンからの予算制約に縛られて収益が低下していた状況から脱却するため、「自分で値段を決められる事業」に転換する必要がありました。ここでのポイントは、顧客の積立金を活用したマンション塗り替えという新たな市場を見つけたことです。

2. 専業での集中戦略による確実な収益基盤の構築

  • 調査の結果、マンション塗り替えの市場には安定した需要があることが判明しました。これにより、N社は専業として「マンションの塗り替え」に事業を集中させ、確実な収益を得る道筋を見出しました。
  • 定期的な訪問活動を通じて顧客との関係を深め、ニーズが発生した際に即座に受注できる体制を構築しました。この「集中の原理」を活用することで、事業に全力投球し、安定した収益を得ることができるようになりました。

3. 総合メンテナンス事業への展開と事業定義の確立

  • 塗り替え工事の受注を進める中で、顧客から様々なメンテナンス依頼が寄せられるようになりました。これに応じて、「マンションの総合メンテナンス」という事業へと成長させることで、さらに広範な顧客ニーズに応えられるようになりました。
  • このように、事業を「中小ビルの総合メンテナンス」と定義づけることで、マンションの塗り替えに留まらず、修理やメンテナンスといった関連する活動を事業に取り入れる土壌ができ、事業の範囲が拡大しました。

4. 定義の力で事業の発展を促進

  • 事業を「総合メンテナンス」として再定義することで、事業の範囲が明確化され、新たなサービスや事業の柱を追加しやすくなりました。
  • N社はこの定義をもとに新規事業を模索し、安定した事業基盤の上にさらなる成長を目指しました。

N社の事例は、収益の低い事業に囚われることなく、顧客のニーズを調査し、専業での基盤を固めた上で拡張するという正しい順序で成功を収めた好例です。

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