**虞世南(ぐ せいなん)**は唐初の名臣であり、文才と書の名手としても知られるが、
その人格の根底には、**深い「兄弟愛」**があった。
彼ははじめ**隋に仕え、起居舎人(皇帝の言動を記録する役職)**として職にあった。
貞観以前、宇文化及(うぶん かきゅう)が煬帝を揚州で暗殺した際、
兄である**虞世基(ぐ せいき)**は内史侍郎(中書省副長官)であり、殺されようとしていた。
そのとき、虞世南は兄のもとに駆け寄り、
**「自分が代わって死にたい」**と泣きながら懇願した。
しかし、宇文化及はこれを聞き入れず、兄は処刑された。
骨までやせた兄思いの姿
兄を失った悲しみにより、虞世南はそれから数年間も骨が浮き出るほどやせ細った。
喪に服すというより、心身を喪失したかのような状態で過ごし続けた。
この姿は時の人々に大きな感銘を与え、
「兄思いの士」として広く称えられた。
引用(ふりがな付き)
「以身(み)を以(もっ)て代(か)えて死なんと欲す」
「哀毀(あいき)して骨立(こつりつ)すること数載(すうさい)」
「時の人、称(たた)えて重(おも)んず」
注釈
- 以身代死(いしんだいし):自らを犠牲にして他者を救おうとする行動。儒教倫理における忠孝の極致。
- 哀毀骨立(あいきこつりつ):深く哀しみに沈み、食を忘れて身体が衰え、骨が浮き出るほどになること。
- 宇文化及(うぶん かきゅう):煬帝を暗殺し、政権を一時掌握した隋末の乱臣。虞兄弟の運命を分けた存在。
心得
「命をかけて兄弟を思う、それが孝友の本義」
真の兄弟愛とは、血のつながりを超えて共に生き、共に死ぬ覚悟を持つことである。
人は、失ってはじめてその深さを知り、
行動によってこそ、その徳が世に知られる。虞世南の悲痛な姿は、単なる感傷ではない。
義に生き、情に殉じる覚悟のあらわれであった。
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