孔子は、世の中で生きていくために本当に必要なものは何か、という問いに対し、こう語った。
「衛の祝鮀(しゅくたく)のように弁が立つわけでもなく、宋の朝(ちょう)のように顔立ちが美しいだけの者が、この時代をうまく生き抜くことは難しい」
この言葉は、見かけの良さや口先だけの能力では通用しないという、現実的かつ本質的な教えである。
美貌や雄弁といった表面的な魅力は、人を一時的に惹きつけるかもしれない。
しかし、それだけでは困難や逆境に立ち向かう力とはならず、長く世に立つためには、内面の誠実さ・知恵・胆力が不可欠なのだ。
孔子は、弟子たちに「どう生きるか」を説いたが、それは単なる体裁の良さではなく、どんな時代でも揺るがぬ徳と実力を備えることの重要性を意味していた。
ふりがな付き原文
子(し)曰(いわ)く、祝鮀(しゅくたく)の佞(ねい)有(あ)らずして、宋朝(そうちょう)の美(び)有(あ)らば、
難(かた)いかな、今(いま)の世(よ)に免(まぬか)れんこと。
注釈
- 祝鮀(しゅくたく):衛の大夫で、宗廟の祭祀官を務めた人物。弁舌の才に富んでいた。
- 宋朝(そうちょう):宋国の公子。容姿端麗なことで知られた有名な美男子。
- 佞(ねい):弁が立つこと。口がうまい、説得力があるという意味。
- 免れんこと(まぬかれんこと):うまく立ち回って世間から難を逃れること、生き延びること。
1. 原文
子曰、孟之反不伐。奔而殿。將入門、策其馬曰、非敢後也、馬不進也。
2. 書き下し文
子(し)曰(いわ)く、孟之反(もうしはん)は伐(ほこ)らず。奔(はし)りて殿(しんがり)す。
将(まさ)に門に入(い)らんとす。其(そ)の馬(うま)を策(むちう)って曰(いわ)く、
「敢(あ)えて後(おく)れたるに非(あら)ず。馬(うま)進(すす)まずなり。」
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 子曰く、孟之反は伐らず。
→ 孔子は言った。「孟之反は、自らの功績を誇ることがなかった。」 - 奔りて殿す。
→ 「敵から退却するとき、彼は走って最後尾(しんがり)を務めた。」 - 将に門に入らんとす。其の馬を策ちて曰く、
→ 「城門に入るとき、彼は馬に鞭を打ちながら言った。」 - 敢えて後れたるに非ず。馬、進まずなり。
→ 「私はわざと遅れたのではない。ただ馬が進まなかっただけだ。」
4. 用語解説
- 孟之反(もうしはん):魯の武将。孔子がその謙虚さと忠誠を高く評価した人物。
- 伐(ほこ)る:自慢する。手柄を誇ること。
- 奔而殿(はしりて しんがりす):戦で撤退する際、最後に残って味方を守ること。非常に危険な役目。
- 策(むちうつ):馬に鞭を入れること。
- 非敢後也(あえて後れたるに非ず):自分の意志で遅れたのではない。
- 馬不進也(うま すすまず):馬が進んでくれなかった=謙虚な弁解。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孔子は言った。
「孟之反は、自らの功績を誇るような人ではなかった。
退却の際には、自らしんがり(最後尾)を務めたが、
城門に入るとき、馬に鞭を入れてこう言った──
『私はわざと遅れたのではない。馬が進まなかっただけなのだ』と。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「謙虚さ」と「真の勇気」**についての、孔子による実例的評価です。
- しんがりを務めるというのは極めて危険で勇敢な行動。
- それにも関わらず孟之反は、手柄を誇るどころか、あたかも“たまたま”のように振る舞う。
- 孔子はこうした**「無名の美徳」「語らぬ功績」**を真に賢者の姿として賞賛している。
7. ビジネスにおける解釈と適用
● 「真に信頼される人は“語らぬ貢献”をする」
- プレゼンせずとも成果で語れる人、
チームのために危険を背負いながら、自慢しない人が周囲の信頼を得る。
● 「危険な役回り・損な仕事こそ、評価されるべき美徳」
- 誰もやりたがらないリスクある役回りを引き受けるのは、覚悟ある“しんがりの勇者”の仕事。
- そのうえで「馬が進まなかっただけ」と言える謙虚さは、本物のリーダーシップの証。
● 「成果を誇らず、他者を立てる姿勢が、組織を強くする」
- 自己アピールよりチーム全体の成果と安全を優先する人材こそ、文化と信頼をつくる。
8. ビジネス用の心得タイトル付き
「語らぬ功績、退かぬ覚悟──“しんがり”の美徳が人を導く」
この章句は、誇らず、恐れず、静かに尽くす人物の姿を、孔子が心から称えた逸話です。
リーダー研修、社内表彰基準、組織文化づくりの核心にふさわしい理念として活用できます。
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