― 真の王者とは、天下の敵をつくらぬ「天の代行者」である ―
孟子は、前章で説いた五つの政治の要点(人材登用・商業・交通・農政・住宅政策)を受けて、こう語る。
「もし、誠実にこの五つのことを実行できたならば――」
その時、周囲の国の民までもが、その国の君主をまるで父母のように仰ぎ見るようになるだろう。
つまり、仁政の実践によって国が繁栄すれば、隣国の民すら心を寄せてしまうということである。
そのような状態で、もしその民(=隣国の「子弟」)を率いて、自分たちの本来の君主(=父母)を攻めようとしても、
それが成功したためしは、人間の歴史が始まって以来、一度もない――と孟子は断言する。
この状況に達した君主はどうなるか?
- もはや、天下に敵はいない。
- そのような君主は、もはや一国の主にとどまらず、「天吏(てんり)」――天命を執行する者となる。
天吏とは、天(=天意・天命)から任命され、天下の正義と秩序を担う存在である。
孟子はこう締めくくる:
「このような天吏が王者とならなかった例など、古来ただの一度もない」
つまり――
仁政を極め、民に心から慕われ、敵をつくらぬ支配を実現した者は、自然と「王者」になっていくというのが孟子の確信である。
原文(ふりがな付き引用)
「信(まこと)に此(こ)の五者(ごしゃ)を能(よ)く行(おこな)わば、
則(すなわ)ち隣国(りんごく)の民(たみ)、之(これ)を仰(あお)ぐこと父母(ふぼ)の若(ごと)くならん。其(そ)の子弟(してい)を率(ひき)いて、其の父母を攻(せ)むるは、
生民(せいみん)有(あ)りてより以来(このかた)、未(いま)だ能(よ)く済(な)す者(もの)有らざるなり。此(こ)の如(ごと)くんば、則ち天下(てんか)に敵(てき)無し。
天下に敵無き者は、天吏(てんり)なり。
然(しか)り而(し)て王(おう)たらざる者は、未(いま)だ之(これ)有(あ)らざるなり。」
注釈(簡潔版)
- 信に(まことに):誠実に、本当に。
- 子弟を率いて父母を攻むる:民(子弟)を使って本来の君主(父母)を攻撃する構図のこと。道義に反するため成立し得ない。
- 天下に敵なし:戦う必要も、敵対されることもない状態。徳により自然と天下が従う。
- 天吏(てんり):天の命を受けた代行者。単なる権力者ではなく、「道(タオ)」を執行する存在。
- 王者:仁政を極め、自然と天下を治める者。覇者とは対極にある儒家の理想君主。
パーマリンク(英語スラッグ案)
become-a-heavenly-ruler
(天の代行者たる王者になれ)no-enemies-through-virtue
(徳により敵なき者となる)rule-as-the-will-of-heaven
(天の意志として治める)
この章は、孟子の政治思想の中核である「王道」の完成形を描いています。
力ではなく、仁と徳により、敵が自然といなくなる――これは単なる理想論ではなく、制度と実行を通じて達成可能な現実的な理想として孟子は語っています。
1. 原文
信能行此五者、則隣國之民、仰之若父母矣。
其子弟攻其父母、自生民以來、未之能濟者也。
如此、則無敵於天下。
無敵於天下者、天吏也。
然而不王者、未之有也。
2. 書き下し文
信(まこと)に此の五つの事を行うこと能わば、則ち隣国の民、之を仰ぐこと父母のごとくならん。
その子弟を率いて、その父母を攻むる者は、生民有りてより以来、未だ能く成し遂げたる者あらざるなり。
かくのごとくならば、則ち天下に敵なし。
天下に敵なき者は、天吏(てんり)なり。
しかれども王たらざる者は、未だこれ有らざるなり。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「まことにこの五つの施策(前段の善政)を実行できるならば、隣国の人々もその国を親のように仰ぎ見るようになる」
- 「子が親に従ってその親を攻めるなどということは、人類が誕生して以来、誰も成し遂げた者はいない」
- 「このような善政がなされれば、天下に敵はなくなる」
- 「天下に敵がない者は、天の代理人=天吏(てんり)である」
- 「そして、天吏でありながら王とならなかった者は、今までに一人として存在しない」
4. 用語解説
- 信に(まことに):確かに、真実において。
- 五者:前段で孟子が述べた「賢者の登用・商人保護・旅人保護・農民支援・庶民の労役軽減」の五つの政策。
- 仰ぐこと父母のごとし:敬愛と信頼の対象として自然に従うこと。
- 子弟を率いて父母を攻むる:親に従って他人(=善政の国)を攻撃することの不自然さと非道さを示す例え。
- 無敵(むてき):比類なき強さ。ここでは「武力」ではなく「道徳と仁政による圧倒的信頼」の意味。
- 天吏(てんり):「天の命を受けて人々を治める者」、天命の正当な担い手。
- 王とならざる者未だ有らず:仁政を実行すれば、必ず天下の王者となれるという孟子の確信。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孟子はこう説いている:
「もし本当に、賢人の登用から民衆支援までの五つの善政を実行すれば、
隣国の民ですらその政府を敬愛し、まるで親のように仰ぎ見るようになるだろう。
しかし、子どもが親の命令でその親自身を攻撃するようなことは、人類の歴史上、決して成功したことがない。
このような国に対して敵対する者はおらず、真の王道を行う者に敵はいない。
そのような存在こそ、天の代理人=“天吏”である。
そして、天吏たる者でありながら、王になれなかった者は、これまでに一人として存在しなかったのである。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、仁政の究極の効力と、**「天命による王者」**の成立条件を語るものです。
- 仁政こそが真の覇道を生む:武力や陰謀ではなく、「徳と制度」によって人心が動くことを明言。
- 民の自然な帰服が最大の強さ:隣国の民までもが信頼する国家は、もはや誰も敵対できない。
- 天命の正統性は“行い”にある:天の命を受けているか否かは、言葉や家柄ではなく、行っている政策によって判断される。
7. ビジネスにおける解釈と適用
「信頼こそ、無敵の経営資産」
・顧客からの厚い信頼は、他社との価格競争を超えてブランドを形成する。
・社員が経営陣を「親のように仰ぐ」企業は、最強の組織となる。
「善政・誠意・仕組みが敵をなくす」
・正しい制度、誠実なリーダーシップ、公平な評価――この三本柱が整えば、競合も敵意を抱けない。
「真のリーダーは“天命”を感じさせる存在である」
・トップの言葉や戦略が「自分たちの幸福と発展に直結している」と信じられるとき、組織は自律的に動く。
8. ビジネス用の心得タイトル
「信頼が天下を制す──“徳と制度”で敵なき組織をつくる」
この章句は、「制度と誠実さの積み重ねこそが、無敵の信頼を築く」という孟子の思想の集大成とも言える内容です。
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