心にふと、ぴたりと一致するものに出会う――
それは狙って得られるものではなく、偶然のように自然に訪れる。
そうした瞬間にこそ、真の良さ、美しさ、「真機(しんき)」があらわれる。
また、風景や出来事が、誰の手も加えられていない自然なままであるとき、
そこにこそ本来の働きや、趣が宿る。
ところが、そこに人の意図や作為が少しでも入り込むと、
かえって味わいは薄れてしまう。
白居易(白楽天)はこう言っている――
「心は何もなさない静けさに随うときに快く、風は自然に吹くときにこそ清らかである」と。
――まことに味わい深い言葉である。
「意(い)の偶会(ぐうかい)する所(ところ)、便(すなわ)ち佳境(かきょう)を成(な)し、物(もの)は天然(てんねん)に出(い)でて、纔(わず)かに真機(しんき)を見る。若(も)し一分(いちぶん)の調停布置(ちょうていふち)を加(くわ)うれば、趣味(しゅみ)は便(すなわ)ち減(げん)ぜん。白氏(はくし)云(い)う、『意は無事(ぶじ)に随(したが)って適(かな)い、風は自然(しぜん)を逐(お)うて清(すず)し』。味(あじ)わい有(あ)るかな、其(そ)の之(これ)を言(い)うや。」
本当に良いもの、美しいものとは、
無理に求めたときではなく、
自然と心が調和したときに、そっと現れる。
自然体こそが、もっとも深く、もっとも尊いのだ。
※注:
- 「偶会(ぐうかい)」…偶然にして心と一致すること。作為のない自然な一致。
- 「真機(しんき)」…真のはたらき、自然のままにあらわれる良さや味わい。
- 「調停布置(ちょうていふち)」…人為的に整えること。順序を整えたり、配置を変えたりする手の加え方。
- 「白氏(はくし)」…唐代の詩人・白居易(字:楽天)。自然と調和した詩風で知られる。
- 「無事(ぶじ)」…何も作為せず、自然のままに任せること。
原文
意偶會、便成佳境、物出天然、纔見眞機。
若加一分調停布置、趣味便減矣。
白氏云、「意隨無事適、風逐自然淸」。
有味哉、其言之也。
書き下し文
意の偶(たまた)ま会する所、便ち佳境を成し、物は天然に出でて、纔(わず)かに真機を見る。
若し一分の調停・布置を加うれば、趣味は便ち減ぜん。
白氏(はくし)云う、「意は無事に随って適(かな)い、風は自然を逐うて清し」。
味わい有るかな、其の之を言うや。
現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
「思いがふと自然に巡り合った時、そこには素晴らしい風景が生まれる」
→ 作為を加えずとも、偶然の一致がもたらす景色や感覚は、真に美しい。
「自然に現れた物事の中にこそ、本当の真理や感動の機微が見えてくる」
→ 自然そのままの中に、人工では生み出せない“真のはたらき(=真機)”が見える。
「もしそこに、わずかでも人為的な調整や飾り立てを加えれば、趣はたちまち損なわれる」
→ 演出しようとした瞬間、本来の風情は失われる。
「白楽天(白氏)はこう言っている――“心は何もない静けさに従ってこそ心地よく、風もまた自然に従ってこそ清らかだ”」
→ 意識して作らずとも、自然に従えば清らかで快い境地になる。
用語解説
- 意偶會(いぐうかい):思いがたまたま自然や物事と巡り合うこと。偶然の調和。
- 佳境(かきょう):すぐれた風景、美しい境地。
- 眞機(しんき):自然や宇宙の本来的なはたらき。心にふれる真実の感動。
- 調停布置(ちょうていふち):人工的な飾り立てや演出。
- 白氏(はくし):唐代の詩人・白居易のこと。平易で真理をつく詩風で知られる。
- 無事(ぶじ):煩いごとのない、心穏やかな状態。
全体の現代語訳(まとめ)
心の働きがふと自然と調和した時、そこに思いがけず美しい世界が生まれる。
自然のままに現れる事象の中にこそ、本当の機微や真理が潜んでいる。
もしそこに人の作為が少しでも加われば、その風情や趣きはたちまち薄れてしまう。
唐代の詩人・白居易は言った――「心は無事の中にこそ自然と満ち足り、風は自然に任せてこそ清らかだ」。
実に味わい深い言葉である。
解釈と現代的意義
この章句は、**「真の美しさ・真理は、無理のない自然の流れの中に現れる」**という哲学を語っています。
- 美や意味は、人工的に作るものではなく、自然と出会うもの。
- 企画や演出で「よく見せよう」とすればするほど、本来の味は損なわれてしまう。
- 真の創造・表現とは、偶然と自然に任せるところから始まる。
これは、芸術・生活・人間関係、さらには経営や仕事の「自然体」への重要な指摘でもあります。
ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
1. 「過度な演出は本質を損なう」
マーケティングやブランディングでも、“飾り立てた商品”より、“素の良さが伝わる商品”のほうが信頼される。
顧客は本物と作り物を敏感に見分ける。
2. 「偶然の出会いやひらめきを大切に」
完璧に設計された計画よりも、ふとした会話・ひらめき・状況から生まれる“思いがけない好機”にこそ、ビジネスの真機(しんき)=生命線がある。
3. 「自然体のマネジメントが組織を整える」
計算しすぎず、仕組みを詰めすぎず、人間関係やチームワークは“偶然の調和”を生かす方がうまくいく。
ビジネス用の心得タイトル
「飾らず流れに任せよ──偶然が運ぶ“真のチャンス”」
この章句は、計算や意図で固められた構造から少し離れて、
“偶然の美”“自然の力”に身を任せることで開ける本質への扉を示しています。
人間の意図を越えた調和やひらめきが、本当の美しさや成功を生む――
この「構えなさ」が、現代の複雑な社会にこそ必要な静かな叡智です。
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