孔子は、高弟・子路(しろう)の人柄について、こう語った。
「すり切れた綿入りの粗末な衣を着ていても、
上等な狐やむじな(高級毛皮)を身にまとう者と並んで立っていて、
恥ずかしがることがないのは、由(子路)だろう」
そして、『詩経』の一節を引用してこう続けた:
「他人をねたまず(忮わず)、求めすぎず(求めず)、
それでも心が満ちている者は、どうして美徳と呼ばれないだろうか」
これを聞いた子路は、自分の生き方が認められたと思い、生涯にわたってこの句を繰り返し誦(とな)えるようになった。
しかし、孔子はその子路の姿勢を温かくも厳しく見つめ、こう諭した。
「その生き方だけでは足りない。
それを誇って満足してしまっては、成長は止まってしまう。
さらに学び、さらに実践してこそ、真の『臧(よ)し=立派さ』に到達できるのだ」
原文(ふりがな付き)
「子(し)曰(いわ)く、敝(やぶ)れたる縕袍(うんぽう)を衣(き)て、狐貉(こかく)を衣(き)たる者と立ちて恥(は)じざる者は、其(そ)れ由(ゆう)なるか。忮(そこな)わず求(もと)めず、何(なん)を用(もっ)て臧(よ)からざらん。子路(しろ)、終身(しゅうしん)之(これ)を誦(とな)う。子(し)曰(いわ)く、是(これ)の道(みち)や、何(なん)ぞ以(もっ)て臧(よ)しとするに足(た)らん。」
注釈
- 縕袍(うんぽう)…綿入れの粗末な衣。貧しい者の服。
- 狐貉(こかく)…狐やむじなの毛皮。高級な衣服の象徴。
- 忮(そこな)わず…ねたんで人を害することがない。
- 求めず…過剰に物を欲しがらない、足るを知る心。
- 終身誦す(しゅうしん しょうす)…生涯にわたって繰り返し口にする。心に深く刻み込むこと。
- 臧し(よし)…すぐれている、徳があること。
原文:
子曰、衣敝縕袍、與衣狐貉者立而不恥者、其由也與。不忮不求、何用不臧。子路終身誦之、子曰、是道也、何足以臧。
書き下し文:
子(し)曰(いわ)く、敝(やぶ)れたる縕袍(うんぽう)を衣(き)て、狐貉(こかく)を衣たる者と立(た)ちて恥(は)じざる者は、其(そ)れ由(ゆう)なるか。
忮(そね)まず求(もと)めず、何(なに)を用(もっ)て臧(よ)からざらん。
子路(しろ)、終身(しゅうしん)之(これ)を誦(しょう)す。
子曰(いわ)く、是(これ)道(みち)や、何(なん)ぞ以(もっ)て臧(ほ)むるに足(た)らん。
現代語訳(逐語/一文ずつ訳):
- 衣敝縕袍、與衣狐貉者立而不恥者、其由也與
→ ボロボロの麻の服(縕袍)を着て、毛皮の高級な服を着た人と並んでも恥じない者、それは子路(由)のことだな。 - 不忮不求、何用不臧
→ 嫉妬せず、むやみに欲しがらなければ、どうして立派でないことがあろうか。 - 子路終身誦之
→ 子路はこの言葉を生涯忘れず、何度も繰り返し唱えた。 - 子曰、是道也、何足以臧
→ 孔子は言った、「それは確かに“道”だが、それを褒めたたえるには足りぬ。当たり前のことにすぎぬ」。
用語解説:
- 縕袍(うんぽう):粗末な麻布の冬着。貧しさの象徴。
- 狐貉(こかく):狐やアナグマの毛皮。上流階級の高級衣服。
- 忮(そね)む:嫉妬する、他人の成功を妬むこと。
- 求む:むやみに物や地位を欲しがること。
- 臧(ほ)む:ほめる、称賛する。
- 道(みち):儒教における「人としての正しい生き方」「倫理原則」。
全体の現代語訳(まとめ):
孔子はこう言った:
「粗末な麻の服を着ていても、立派な毛皮を着た人と並んでいても、少しも恥じない人──
それは子路のことではないか。嫉妬せず、無闇に欲しがらない。
それでいて立派でないはずがあるだろうか。」
子路はこの言葉を生涯大切にし、何度も口にしていた。
すると孔子はこう言った:
「それは確かに“道”ではあるが、それを特別に褒め称えるようなことではない。
人として当然のことである。」
解釈と現代的意義:
この章句は、質素な外見を恥じない心、そして欲望や嫉妬から自由であることの尊さを語っています。
- 子路は「貧しくても心高く」ある人物像の典型。
- 孔子はそれを「当たり前の道」と評し、**誇るより“当然として生きよ”**という厳しさを示す。
これは、真の誇りとは他人と比較せず、内面の倫理を守り続けることであるという孔子の価値観を象徴します。
ビジネスにおける解釈と適用:
1. 外見や肩書に惑わされない「自尊心」を持て
- 質素な服やポジションであっても、他者と比べて恥じる必要はない。
- 自分の価値は「服」や「年収」でなく、「信念」や「行動」が決める。
2. 嫉妬や過度な欲望から自由な働き方が最も美しい
- 他人の評価や持ち物を気にせず、自己の価値観で働く人が最も尊敬される。
- 子路のように“足るを知る”生き方が、組織でも信頼と幸福を生む。
3. 当たり前を当たり前にやることが「道」
- 孔子は「それを称賛するまでもない」と言う。つまり、誠実・謙虚・無欲こそが本来あるべき基準。
- 誠実な人を「すごい」と言わなければいけない社会は、むしろ異常。
ビジネス用心得タイトル:
「自らを恥じず、他を羨まず──“当たり前の徳”が信頼をつくる」
この章句は、職業倫理・自己肯定感・リーダーの器・組織風土などに非常に通じる内容です。
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