唐の詩人・白居易(白楽天)はこう言った――
「身心を解き放ち、目を閉じて、すべてを自然のままに任せるのがよい」。
一方、北宋の詩人・晁補之(晁无咎)はこう述べた――
「身心を引き締めて、凝然たる静けさのなかで禅定に入ることが最もよい」。
この二つの意見はどちらも一理あるが、極端に偏ると問題がある。
白居易のように身心を放ちすぎれば、心が流れて猖狂(しょうきょう)――
つまり、制御がきかず暴走し、訳の分からない状態になってしまう。
かといって、晁補之のように引き締めすぎると、
心は枯れ、活力や面白味を失ってしまう。
結局のところ、もっとも理想的なのは――
身心をうまく扱い、要点をつかんで、
「引き締める」ことも「解き放つ」ことも、
状況に応じて自在に操れる柔軟さを持つことである。
「白氏(はくし)云(い)う、『身心(しんしん)を放(はな)ちて、冥然(めいぜん)として天造(てんぞう)に任(まか)すに如(し)かず』。晁氏(ちょうし)云う、『身心を収(おさ)めて、凝然(ぎょうぜん)として寂定(じゃくじょう)に帰(き)するに如かず』。放(ほう)つ者(もの)は流(なが)れて猖狂(しょうきょう)と為(な)り、収(おさ)むる者は枯寂(こせき)に入(い)る。唯(ただ)だ善(よ)く身心を操(あやつ)る的(まと)のみ、欛柄(はへい)手(て)に在(あ)り、収放(しゅうほう)自如(じじょ)たり。」
柔軟に対応できる心の姿勢――
それこそが、真に自由で安定した精神の理想形である。
※注:
- 「冥然(めいぜん)」…目を閉じ、心を暗くして天に身をゆだねること。無心の境地。
- 「晁氏(ちょうし)」…晁補之(ちょうほし)。北宋の文学者・詩人。内省と沈静を重んじた。
- 「猖狂(しょうきょう)」…抑制がきかず、心が激しく乱れるさま。
- 「枯寂(こせき)」…活力を失い、枯れた静けさの中にとじこもること。
- 「欛柄(はへい)」…柄のついた部分=手綱や手中の要所。心身のコントロールの主導権。
- 「収放自如(しゅうほうじじょ)」…引き締めることも、解き放つことも自在にできること。
1. 原文
白氏云、不如放身心、冥然任天。晁氏云、不如收身心、凝然歸寂定。放者流爲猖狂、收者入於枯寂。唯善操身心、欛柄在手、收放自如。
2. 書き下し文
白氏は云(い)う、「身心(しんしん)を放(はな)ちて、冥然(めいぜん)として天に任(まか)すに如(し)くはなし」と。
晁氏は云う、「身心を収(おさ)めて、凝然(ぎょうぜん)として寂定(じゃくじょう)に帰(き)するに如くはなし」と。
放つ者は流れて猖狂(しょうきょう)となり、収むる者は枯寂(こせき)に入(い)る。
唯(た)だ善(よ)く身心を操(あやつ)る者のみ、欛柄(はへい)手に在(あ)り、収放(しゅうほう)自如(じじょ)たり。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「白氏は言った、“身心を解き放って、深く静かに自然に任せるのがよい”」
- 「晁氏は言った、“身心を引き締めて、落ち着いて寂静の境地に帰るのがよい”」
- 「しかし、放つ者は次第に制御が効かず狂乱に流れ、収める者は感情も干からびた枯れた状態になる」
- 「真に優れた者だけが、身心をうまく操り、手に柄(操作する柄)を持ち、放ち収めることを自在にできるのだ」
4. 用語解説
- 白氏:唐代の詩人・白楽天。自然や無為自然の思想を重んじた人物。
- 晁氏:北宋の儒者・晁説之(ちょうせつし)、理性・静寂・内面制御を説いた。
- 冥然(めいぜん):意識を超えて静かに沈み込むような無意識の境地。
- 寂定(じゃくじょう):仏教でいう「心が静まり動じない安定した状態」。
- 猖狂(しょうきょう):常軌を逸した狂気、放縦な様子。
- 枯寂(こせき):情緒の枯れた、味気ない状態。
- 欛柄(はへい):柄とは道具を操作する“取っ手”。ここでは自分の身心の主導権の比喩。
- 収放自如(しゅうほうじじょ):収めたり放ったりを自由自在にすること。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
白楽天は「身も心も放ち、自然に任せることが最良だ」と説き、晁説之は「心身を収めて静寂を保つことが最高だ」と言った。
しかし、放ちすぎれば奔放になり、制御を失って狂気に至る。
一方で、収めすぎれば心も枯れ果て、感性を失う。
だからこそ本当に大事なのは、身心をうまく操れること。自分の中の操作の柄をしっかりと握り、放つときも、収めるときも自在であることが理想なのだ。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、白楽天(放つ)と晁説之(収める)という両極端の哲学を紹介しながら、「中庸=バランスのとれた自己制御」が最も重要であると説いています。
- 放つ=自由・自発性・自然体
- 収める=節制・理性・静寂
この二つをどちらか一方に偏らせてしまえば、過剰になり、社会生活や精神状態に不安定さをもたらす。
真の知恵とは、「制御」と「自由」のバランスを取り、自分の内なる舵をしっかり握ることにある──それが「欛柄在手、収放自如」という理想の境地なのです。
7. ビジネスにおける解釈と適用
✅ 自由すぎる組織は、混乱と暴走を招く
ルールを放棄した「自由」は、やがて統制を失い、生産性や倫理を崩壊させる。
✅ 縛りすぎる組織は、創造性を奪う
逆に、マイクロマネジメントや過度の制約は、現場の声や創造力を殺し、静的で硬直した組織を生む。
✅ 理想は「統制された自由」
状況に応じて“放つ”ときと“収める”ときを見極め、自律的にコントロールできる人材・組織が、最も力強い。
✅ リーダーは「欛柄=意思決定の軸」を握れ
感情に流されず、他人に迎合せず、「今は収めるべきか?放つべきか?」を判断できる軸(哲学)を持つべきである。
8. ビジネス用の心得タイトル
「放ちすぎれば混乱、縛りすぎれば枯れる──自在な舵取りがリーダーの本懐」
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