孔子がもっとも重んじた詩の一つ、『詩経』の冒頭にある「関雎(かんしょ)」は、夫婦の和を歌った詩である。
この詩には、楽しむときも節度を持ち、悲しむときも心を失わない――中庸の心が美しく描かれている。
孔子はそれを称賛し、「淫せず、傷(やぶ)らず」と表現した。
節度を失わない喜怒哀楽こそ、人の感情のもっとも品格あるかたちなのだ。
「関雎(かんしょ)は楽しんで淫(いん)せず、哀(かな)しんで傷(やぶ)らず」
極端に流されず、心を崩さず、喜びにも悲しみにも静かな品位を持つ――それが中庸の美徳である。
※注:
- 「関雎(かんしょ)」…『詩経』国風・周南の最初の詩。雎鳩(しょきゅう/水鳥)の鳴き声に夫婦の和を重ねたものとされる。
- 「淫」…度を越す、乱れる。
- 「傷」…身も心も損なうほどに悲しみに沈むこと。
- 「中庸」…過不足のない、かたよりのない生き方・考え方。
1. 原文
定問、君使臣、臣事君、如之何。
孔子對曰、君使臣以禮、臣事君以忠。
2. 書き下し文
定公(ていこう)問う。君、臣(しん)を使(つか)い、臣、君に事(つか)うるには、之(これ)を如何(いかん)せん。
孔子、対(こた)えて曰(いわ)く、君、臣を使うに礼を以(もっ)てし、臣、君に事うるに忠を以てす。
3. 現代語訳(逐語・一文ずつ)
- 「定公問う。君、臣を使い、臣、君に事うるには、之を如何せん」
→ 魯の定公が尋ねた。「君主が家臣を使い、家臣が君主に仕えるとき、それぞれどうあるべきか?」 - 「孔子、対えて曰く、君、臣を使うに礼を以てし、臣、君に事うるに忠を以てす」
→ 孔子は答えた。「君主は家臣を礼儀をもって扱い、家臣は君主に対して忠義をもって仕えるべきです」
4. 用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
定公(ていこう) | 魯の君主。孔子が仕えていた人物。 |
君(きみ) | 君主、上に立つ者。現代で言えば上司、経営者、リーダー。 |
臣(しん) | 家臣、部下、臣下。現代では部下、社員、メンバーに相当。 |
使(つか)う | 命令・役割を与える、行動させる。 |
事(つか)う | 仕える、奉仕する。忠誠と尽力を尽くすこと。 |
礼(れい) | 儀礼、礼儀作法だけでなく、思いやり・尊重・秩序を意味する儒教的キーワード。 |
忠(ちゅう) | 誠実・まごころ・全力を尽くす姿勢。単なる服従ではなく、誠の心で相手に尽くすこと。 |
5. 全体の現代語訳(まとめ)
魯の定公が孔子に尋ねた:
「君主が家臣を使い、家臣が君主に仕えるとき、それぞれどうあるべきか?」
孔子は答えた:
「君主は家臣を礼儀と敬意をもって扱うべきであり、家臣は君主に対して誠実と忠義をもって仕えるべきです」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、上下関係における理想の相互関係を簡潔に示した、非常に重要な教えです。
- 上に立つ者(君)は、命令・支配ではなく、“礼”による統率が求められる。
- 下に立つ者(臣)は、盲従ではなく、“忠”=まごころと誠意を尽くして仕えることが理想。
- この「礼」と「忠」のバランスが崩れると、組織も人間関係も壊れていく。
- 礼がない上司には、忠は育たない。忠がない部下には、信任は築けない。
7. ビジネスにおける解釈と適用
✅ 「上司は“礼”を尽くせ──人としての敬意と配慮をもって接する」
- 命令口調・無礼な扱い・一方的な押しつけは、人を遠ざける。
- 仕事の成果を評価し、人格を尊重する姿勢が「礼」であり、それが部下の“忠”を引き出す。
✅ 「部下は“忠”を尽くせ──誠意ある報告・提案・行動が信頼を築く」
- 忠とは、“黙って従うこと”ではなく、真心をもって組織やリーダーに尽くす姿勢。
- たとえば、間違いを正直に報告すること、改善提案を出すこと、陰で支えること──これらはすべて“忠”の形。
✅ 「上下関係は“対等な道義の関係”」
- 孔子のこの一言には、**“支配する者とされる者”ではなく、“互いに信義を尽くす関係”**という理想が込められている。
- 上下の“非対称性”の中に、道義的な“対称性”を築くのが理想の組織文化。
8. ビジネス用の心得タイトル
「上司は“礼”で人を動かし、部下は“忠”で信を築く──信頼は双方向から生まれる」
この章句は、組織・職場・家族など、あらゆる人間関係におけるリーダーシップとフォロワーシップの本質を簡潔に語っています。
現代のビジネスにおいても、指示を出す側・受ける側の双方が「礼と忠」を意識することで、真の信頼と連携が生まれます。
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