暑さがつらいとき、気温そのものを下げるのは難しい。
だが、「暑い」「つらい」と感じている心――その“熱悩(ねつのう)”を除くことができれば、
まるで清涼台(せいりょうだい)に座しているかのように、涼しさと落ち着きを感じられるようになる。
同じように、貧しさ(窮)そのものは、すぐには追い払えないかもしれない。
しかし、「貧しい」と嘆き、比較し、悩む心――その“窮愁(きゅうしゅう)”を取り去ることができれば、
心はいつでも、安楽な住まいにいるように満ち足りていられる。
つまり、苦しさの本質は、状況そのものよりも、それをどう感じるかにある。
心の姿勢を変えれば、外の現実もまた、違って見えるようになるのだ。
引用(ふりがな付き)
熱(ねつ)は必(かなら)ずしも除(のぞ)かず、而(しか)して此(こ)の熱悩(ねつのう)を除(のぞ)かば、身(み)は常(つね)に清涼台上(せいりょうだいじょう)に在(あ)らん。
窮(きゅう)は遺(のが)るべからず、而して此の窮愁(きゅうしゅう)を遺(のが)らば、心(こころ)は常に安楽窩中(あんらくかちゅう)に居(お)らん。
注釈
- 熱悩(ねつのう):暑さを実感し、つらいと感じる“心の反応”。苦しみの主因。
- 清涼台(せいりょうだい):涼しくて気持ちのよい高台。快適さの象徴的な比喩。
- 窮(きゅう):貧しさ・困窮。
- 窮愁(きゅうしゅう):貧しさによって生じる嘆きや苦しみの心。
- 安楽窩(あんらくか):安らぎのある居場所。精神的な満足の象徴。
関連思想と補足
- 禅語の「心頭を滅却すれば火もまた涼し」に通じる。
これは、甲斐の恵林寺の快川禅師の言葉として知られ、**“心の持ちようが体験を変える”**という典型的な教え。 - ただし『菜根譚』は一貫して「中庸(ちゅうよう)」を重んじるため、現代であれば「心の持ち方に加えて、体調管理も大切」と説くであろうバランス感覚も含意される。
- 苦を減らすには、「現実を変えること」と「心の在り方を変えること」の両輪が必要。
原文:
熱不必除、而除此熱惱、身常在淸涼臺上。
窮不可遺、而遺此窮愁、心常居安樂窩中。
書き下し文:
熱は必ずしも除かず、而(しか)して此の熱悩(ねつのう)を除かば、身は常に清涼台上に在らん。
窮(きゅう)は遺(のが)るべからず、而して此の窮愁(きゅうしゅう)を遺らば、心は常に安楽窩中(あんらくかちゅう)に居らん。
現代語訳(逐語/一文ずつ):
- 「熱は必ずしも除かず、而して此の熱悩を除かば、身は常に清涼台上に在らん」
→ 暑さそのものを取り除くことはできなくとも、その暑さによる“いらだちや苦しみ(=熱悩)”を取り除くことができれば、体はあたかも涼しい高台にいるような安らぎを得ることができる。 - 「窮は遺るべからず、而して此の窮愁を遺らば、心は常に安楽窩中に居らん」
→ 貧しさや困窮そのものを避けることは難しくとも、それによる“嘆きや悩み(=窮愁)”を手放すことができれば、心は常に安らぎと満足に満ちた場所にいられる。
用語解説:
- 熱惱(ねつのう):暑さそのものではなく、暑さによって心が乱される状態。いらだち、焦燥感など。
- 清涼台(せいりょうだい):心身の安らぎの象徴。実際の涼しさではなく、心の涼しさ。
- 窮(きゅう):貧困・困窮。物質的に恵まれない状態。
- 窮愁(きゅうしゅう):貧しさによって生まれる愁い、劣等感、自己否定。
- 安楽窩(あんらくか):安らかで快適な住処。現実の環境ではなく、心の居場所としての安楽さ。
全体の現代語訳(まとめ):
暑さをなくすことは難しくても、暑さによって起こる苦しみを取り除けば、身体は涼しい場所にいるように安らげる。
また、貧しさや困難を完全に避けることはできなくても、それに伴う悩みや苦しみを手放せば、心はいつも安らかで快適な場所にあるように感じられる。
解釈と現代的意義:
この章句は、「外的条件」よりも「内的受け止め方」のほうが人生の快苦を左右するという、心の姿勢の重要性を説いたものです。
1. 状況は変えられなくても、反応は変えられる
- 暑さ・貧しさ・困難などの外的要因はどうにもならないことがある。
→ しかし、それによって心が苦しむかどうかは、自分次第。
2. 「悩む理由」は外にあるのではなく、心の内にある
- 暑さにイライラしない、貧しさを恥じないというだけで、日々の暮らしが安らかになる。
→ “反応を整えること”こそが幸福への近道。
3. 真の涼しさも、安楽も、心のありようから生まれる
- 物理的な環境をすべて整えなくても、精神的な満足を得られる。
→ “少しの物”と“広い心”があれば、人は満ち足りる。
ビジネスにおける解釈と適用:
1. ストレスの原因は“外”でなく“受け止め方”
- 納期・上司・顧客のプレッシャーなどの“熱”そのものを無くせなくても、それにどう向き合うかで心の在り方は変わる。
→ 「怒らない練習」「反応を選ぶ訓練」が職場の清涼台。
2. 予算が少なくても、可能性は制限されない
- 小資本・少人数・制約のある事業でも、愁い(=不満・悲観)を断ち切れば、創造と挑戦の余地は無限。
→ “足りない”と思うか、“工夫の余地”と見るかで結果が分かれる。
3. 満足と感謝をベースにした企業文化
- 恵まれた環境に慣れすぎて、常に「もっと」「まだ足りない」と感じてしまうのではなく、今あるものを味わい育てる姿勢。
→ 「愁を去れば、どこでも安楽窩」──これはチームビルディングの基礎。
ビジネス用心得タイトル:
「悩む前に、手放す──“反応力”が心の環境を変える」
この章句は、現代においても極めて有効な教訓です。
状況に文句を言うのではなく、状況に対する“心の扱い方”を学ぶ。
苦しみの正体は“外”ではなく“内”にあるという自覚が、
自己コントロールと精神的自由をもたらすのです。
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