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泡の世にとらわれず、欲望の矢を抜け


■ 引用(出典)

二〇
この世は沫(あわ)のようなものであると知り、
陽炎のようなはかない本性のものであると、さとったならば、
この世で悪魔の花の矢を断ち切って、
死王に見られないところへ行くであろう。
(『ダンマパダ』第18章 第20偈)


■ 逐語訳

  • この世のすべては、水の泡のように儚く壊れやすいと理解したならば、
  • 陽炎のように、実体のない幻のような性質を持つと深く悟ったならば、
  • 欲望や感覚的執着(悪魔の花の矢)を断ち切り、
  • 死王(死と無常の象徴)さえ見つけることのできない場所――
  • すなわち、解脱の地に至るであろう。

■ 用語解説

用語解説
沫(あわ)壊れやすく、一瞬で消える現象。人生・現象界の儚さを象徴。
陽炎(かげろう)見えていてもつかめず、実体がない幻想の象徴。
悪魔の花の矢欲望・愛執・慢心・感覚的快楽に引き込む心の衝動。
死王(ヤマ)死・無常・業報の支配者。
見られないところへ行く輪廻の束縛から脱した解脱=涅槃の境地。

■ 全体現代語訳(まとめ)

この世は泡のように一瞬で消える儚いものであり、
陽炎のように実体がないと見抜いた人は、
心に生じる欲望や執着の矢を断ち切り、
死すらも支配できぬ静寂の境地――
真の自由(涅槃)へと至るだろう。


■ 解釈と現代的意義

この偈は、十八偈(身体)・十九偈(この世の脆さ)と連動し、世界と自我の無常性を徹底的に見抜いたとき、はじめて真に自由な境地が開けるというメッセージを伝えています。

泡と陽炎――美しく、しかも決してつかめない。
それが「この世」という舞台の本質であると理解した者は、
その舞台に振り回されることなく、しなやかに立ち去る準備ができる。
その境地こそが「死王に見られない場所」――解脱の世界なのです。


■ ビジネスにおける解釈と適用

観点応用の仕方
物質的執着からの脱却地位・売上・報酬など、人生の「外側」にとらわれず、「内面の静けさ」や「人間性の成長」に注力する。
冷静な判断力の獲得欲望や不安に煽られた決断ではなく、「今、本当にすべきこと」に基づいた意思決定ができるようになる。
死を見据えた生き方明日が来ないかもしれないという認識を持ち、今日この瞬間を最も意味あることに使うという生き方へと転換できる。
脱・競争的思考他人との比較や欲望による焦りではなく、自分の道、自分のミッションに忠実に生きる姿勢が養われる。

■ ビジネス心得タイトル

「泡の世に惑うな、真理の岸を歩め」

この世界は、一瞬で壊れ、一瞬で消える。
見えているようで、つかめない――
それが「現実」という名の幻想である。
ならば、その幻想に執着せず、真に大切なことを見極めて生きよ。
その歩みこそが、死を超える智慧の道である。


この第二十偈は、花章の最後にふさわしく、人生・身体・世界すべてを空と見る智慧の完成形です。

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