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怒りは毒、沈黙は薬。憎しみに打ち勝つ者が真の強さを得る


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📜引用原文(日本語訳)

第六十三偈
蛇の毒が(身体に)ひろがるのを薬でとめるように、
憎しみが起ったのをとめる修行僧は、
こなたの岸を捨て去る。
蛇が旧い皮を脱皮して捨て去るようなものである。
― 『ダンマパダ』 第二章 第六十三偈


🔍逐語訳(文ごとの意訳)

  • 蛇の毒が(身体に)ひろがるのを薬でとめるように
     毒が広がる前に処置するように、怒りの感情も即座に気づき・沈静によって抑えるべきであるという喩え。
  • 憎しみが起ったのをとめる修行僧は
     内面に湧き起こる敵意や怒りを、無理なく抑え、静けさへと導ける者。
  • こなたの岸を捨て去る
     煩悩や苦しみが蔓延する「迷いの世界」を超えて、悟りの世界(彼岸)に至るという意。
  • 蛇が旧い皮を脱皮して捨て去るようなものである
     怒りや執着を手放すことで、心は一段成長し、解放へと向かう。

📚用語解説

用語解説
憎しみ(ドーサ)怒りや敵意、あるいは不満から来る拒絶の感情。
正念(サティ)、慈しみの瞑想(メッター・バーヴァナー)など、感情を鎮める修行手段。
脱皮する蛇新たな悟り・成熟を象徴する比喩。怒りを脱ぎ捨てて、より穏やかな境地へ至る。

🪞全体の現代語訳(まとめ)

怒りは、最初は小さな火のようだが、放っておけば全身を焼き尽くす毒となる。
しかし、もし修行者がその「憎しみの芽」に即座に気づき、
智慧と修行によって鎮めることができたなら、

その人は怒りに支配されず、
平静のうちに「こなたの岸(煩悩の世界)」を離れ、
自由と安らぎの境地へと進む。

それはまさに、
蛇が脱皮し、古い皮を捨てて
軽やかに進む姿に等しい。


🧠解釈と現代的意義

この偈は、怒りという感情は自然なものではあるが、放っておけば自己も他者も傷つける毒になることを明言しています。

怒りを「正当化」するのではなく、
まず「気づく」こと。
そして「対応する智慧と技術(呼吸・距離・慈悲)」を使うこと。

怒りを沈めることは、相手のためではなく、自分自身の自由のためである。

現代社会では、SNSや職場、家庭などあらゆる場面で怒りが可視化され、増幅されやすい。
だからこそ、「薬を持った修行者」のように、感情を制する内なる修行が不可欠です。


💼ビジネスにおける解釈と適用

観点応用例
怒りのマネジメントイライラしたとき、即反応せず「深呼吸→一呼吸おく→本質に立ち返る」というルールを持つ。
会議での対立処理他者の批判や指摘に感情で返さず、「一時保留」や「視点の切り替え」で沈静化をはかる。
リーダーの器量部下のミスや社内の問題に対し、怒りで支配せず「冷静・沈黙・示唆」で導く態度が尊敬を集める。
メンタルヘルス維持怒りを観察し、週単位で振り返る「アンガー・ジャーナル」や慈しみの瞑想を日課にする。

✅心得まとめ

「怒りは、智慧という薬で鎮めよ」

怒りに反応すれば、自分もまた毒される。
怒りに気づけば、薬を使う余地が生まれる。

あなたが怒りを手放したとき、
それは古い皮を脱いだ蛇のように、
より軽く、より強く、より自由な存在へと進化しているのだ。

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