■引用原文(書き下し文付き)
原文:
詩云、瞻彼淇澳、菉竹猗猗、有斐君子、如切如磋、如琢如磨、
瑟兮兮、赫兮喧兮、有斐君子、終不可諠兮。
如切如磋者、道学也。如琢如磨者、自脩也。
瑟兮兮者、恂慄也。赫兮喧兮者、威儀也。
有斐君子、終不可諠兮者、道盛徳至善、民之不能忘也。
詩云、於戯、前王不忘。君子賢其賢而親其親、小人楽其楽而利其利、此以没世不忘也。
書き下し文:
詩に云う、「彼の淇の澳を瞻るに、菉竹猗猗たり。有斐しき君子は、切るが如く磋くが如く、琢つが如く磨るが如し。
瑟たり兮たり、赫たり喧たり。有斐しき君子は、終に諠るべからず」と。
切るが如く磋くが如しとは、学ぶを道うなり。琢つが如く磨るが如しとは、自ら脩むるなり。
瑟たり兮たりとは、恂慄なるなり。赫たり喧たりとは、威儀あるなり。
有斐しき君子は、終に諠るべからずとは、盛徳至善にして、民の忘るる能わざるを道うなり。
詩に云う、「於戯、前王、忘れられず」と。君子はその賢を賢としてその親を親しみ、
小人はその楽しみを楽しみてその利を利とす。此を以て世を没うるも忘れられざるなり。
(『礼記』大学 第二章 第二節)
■逐語訳(一文ずつ)
- 詩経にいわく、「淇水のほとりを見ると、緑竹が美しくしなやかに茂っている。
- 才徳あふれる君子は、まるで切磋琢磨するように自らを磨いている。
- 慎み深く荘重で、光り輝く威厳を備えている。
- このような君子は、永く人々の記憶に残り、決して忘れられることはない」と。
- 「切磋」とは、師友から学び合うこと、「琢磨」とは自己修養のこと。
- 「瑟兮兮」は慎みと畏れを内に抱く姿、「赫兮喧兮」は外面の品格と礼儀のあらわれ。
- 君子が永く忘れられないのは、その道徳と善が極まって民に深く刻まれているからである。
- また詩にいわく、「ああ、前の王たちは忘れられない」。
- 君子はその賢者を敬い、親族を親しみ、小人はその楽しみと利を享受した。
- それゆえ、王たちは没後も永く人々に記憶されるのだ。
■用語解説
- 切磋琢磨:「切・磋」は他者と学び合い、「琢・磨」は自己を深く磨くこと。
- 有斐君子:才徳あふれる立派な人物。内面と外面の調和の取れた人。
- 瑟兮兮・赫兮喧兮:前者は静謐で慎み深い姿、後者は威厳と品位に満ちた外見。
- 盛徳至善:究極の善と徳。理想的人格。
- 前王不忘:かつての偉人の徳行は世代を超えて人々の記憶に残る。
■全体の現代語訳(まとめ)
詩経は、優れた君子の徳を自然の景色や職人の技にたとえ、美しく磨かれた人格の在り方を称賛している。君子は、学びと自己修養に努め、慎み深く、同時に威儀に満ちた存在である。その徳は人々の心に深く刻まれ、決して忘れ去られることはない。
また、偉人たちが後世に記憶されるのは、彼らの行いが民に影響を与え続けるからである。これは、単なるカリスマではなく、誠実な人格の積み重ねによるものだ。
■解釈と現代的意義
この章は、「誠意」のある人物がどのようにして人々に記憶され、尊敬されるかを詩経の美しい比喩を通して示しています。特に「切磋琢磨」は、他者から学びつつ、自分自身も精緻に磨き上げることを意味し、現代においてもリーダーシップやプロフェッショナリズムの本質を示しています。
また、「誠意」は内面にとどまらず、外面にあらわれるものであり、人間性の深さが自然と表情や所作ににじみ出るという思想は、現代の人格形成・印象管理にも通じます。
■ビジネスにおける解釈と適用
観点 | 適用例 |
---|---|
リーダーシップ育成 | 真のリーダーは「切磋」=対話と学習、「琢磨」=自己内省と修練によって形成される。表面的なカリスマではなく、継続的な修養こそが信頼をつくる。 |
人材評価 | 長く記憶に残る人物とは、成果よりも「誠意」と「人間性」のある人。人格は数字には表れにくいが、文化や信頼の核となる。 |
ブランディング・印象管理 | 内面の誠実さは、必ず外見・言葉・態度に反映される。「誠於中、形於外」の法則は、持続的なブランド構築にも応用できる。 |
企業の遺産 | 優れた創業者や先人の「徳」や「行動原理」が語り継がれ、企業文化を支える礎となる。 |
■心得まとめ(ビジネス指針)
「切磋琢磨は、永く忘れられぬ人をつくる」
知識は他者から、品格は自らから。ともに磨くことでこそ、心ある人物は後世に残る。その人の誠は、行いを超えて人々の心に生き続ける。
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