主旨の要約
司馬牛が兄弟と良い関係を築けないことを嘆いたとき、子夏は「生死や富貴は運命であり、自分を慎み、礼をもって人と接することで、四海の人々はみな兄弟となる」と答えた。君子にとって大切なのは、血縁ではなく、人との関わり方そのものである。
解説
この章句では、孔子の弟子・司馬牛が、他の人々は兄弟と仲良くしているのに自分はできていないと憂いた場面から始まります。
それに応じて、子夏(しか/しょう)はこう説きます:
「生死は天命であり、富や地位も天の与えたもの。人間の力ではどうにもならない。だが、君子たる者が自分の行いを正し、人に対して敬意をもって礼儀正しく接するなら、世界中の人が兄弟のような関係になれる」
つまり、外的な状況や血縁に執着するのではなく、自分の在り方にこそ価値を置くべきだという、極めて倫理的・内省的な教えです。
また「四海之内、皆兄弟也」という言葉には、国境や血のつながりを越えて、人類全体を「心の兄弟」と見るという孔子の理想が表れています。
現代においても、孤独感や関係性に悩む人にとって、この章句は静かな励ましとなるはずです。
引用(ふりがな付き)
司馬牛(しばぎゅう)、憂(うれ)えて曰(いわ)く、人(ひと)には皆(みな)、兄弟(けいてい)有(あ)りて、我(われ)独(ひと)り亡(な)し。
子夏(しか)曰(いわ)く、商(しょう)、之(これ)を聞(き)く。死生(しせい)、命(めい)有(あ)り。富貴(ふうき)は天(てん)に在(あ)り。
君子(くんし)、敬(けい)して失(しつ)無(な)く、人(ひと)と恭(うやうや)しくして礼(れい)有(あ)らば、四海(しかい)の内(うち)、皆(みな)兄弟(けいてい)なり。
君子(くんし)、何(なん)ぞ兄弟(けいてい)無(な)きを患(うれ)えんや。
注釈
- 死生有命(しせい めいあり)…生まれることも死ぬことも、天命によるもので人の力ではどうにもならない。
- 富貴在天(ふうき てんにあり)…富や地位もまた、天からの預かり物であって、自分でどうにかなるものではない。
- 敬而無失(けいしてしつなし)…自分の行いにおいて、慎み深くして過ちがないこと。
- 與人恭而有禮(ひとと うやうやしくして れい あり)…他人と接するときに、敬意と礼儀をもって丁寧に接すること。
- 四海之内、皆兄弟也…世界中の人々は、礼によって兄弟のように親しくなれるという理想。
1. 原文
司馬牛憂曰、人皆有兄弟、我獨無。
子夏曰、商聞之矣、死生有命、富貴在天。
君子敬而無失、與人恭而有禮、四海之内、皆兄弟也。
君子何患乎無兄弟也。
2. 書き下し文
司馬牛(しばぎゅう)、憂(うれ)えて曰(いわ)く、
「人(ひと)は皆(みな)兄弟(けいてい)有(あ)りて、我(われ)独(ひと)り無(な)し。」
子夏(しか)曰く、
「商(しょう=子夏)、之(これ)を聞(き)けり。
死生(しせい)は命(めい)有(あ)り、富貴(ふうき)は天(てん)に在(あ)り、と。
君子(くんし)、敬(けい)して失(しつ)無(な)く、人(ひと)に与(あた)うるに恭(うやうや)しくして礼(れい)有(あ)らば、
四海(しかい)の内(うち)、皆兄弟(けいてい)なり。
君子、何(なん)ぞ兄弟無(な)きを患(うれ)えんや。」
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「人には皆兄弟がいて、自分にだけいない」
→ 司馬牛は、「他の人には皆兄弟がいるのに、私だけいない」と悲しんだ。 - 「死生は命にあり、富貴は天にあり」
→ 子夏は、「生き死にも財産や地位も、人の力ではどうにもならず、天命に従うものだ」と語った。 - 「君子は敬して失なく、人に恭しくして礼あれば、四海の内皆兄弟なり」
→ 君子が他者を敬い、礼儀正しく接すれば、天下の人々すべてが兄弟のような存在になる。 - 「君子、どうして兄弟がいないことを悩む必要があろうか」
→ 真に徳ある人であれば、肉親の有無に関係なく、人に囲まれ、孤独ではないのだ。
4. 用語解説
- 司馬牛(しばぎゅう):孔子の弟子。心が繊細で内向的な性格とされている。
- 子夏(しか):孔子の高弟。名は卜商(ぼくしょう)。理論的な語り口をもつ。
- 死生有命(しせいゆうめい):生死はすでに運命として定められている。
- 富貴在天(ふうきざいてん):財産や地位は天の定めに従う。
- 四海(しかい):天下全体、つまり中国全土や、世界を象徴する語。
- 敬而無失(けいしてしつなく):敬意をもって行動し、過ちがないようにする。
- 恭而有禮(うやうやしくしてれいあり):丁寧で礼節をもって人に接する。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
司馬牛は嘆いた:
「世の中の人々には兄弟がいるのに、自分にはいない。」
それに対し子夏は答えた:
「生死や財産、地位といったものは人間の力ではどうにもならず、天の定めによるものだ。
だが、君子たる者が人を敬い、礼を尽くして接すれば、天下の人々皆が兄弟のような存在となる。
だから、君子が兄弟がいないことを憂える必要はないのだ。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「孤独感の克服」と「人間関係の拡張」**について深い哲学的示唆を与えています。
- 血縁を超えた“兄弟”の概念
孔子門下では、「徳による結びつき」が血のつながりより重要視される。礼と敬意によって、誰もが自分の兄弟足り得るという思想。 - 運命論と実践倫理の融合
「死生有命、富貴在天」によって、自分では変えられないものを受け入れつつ、「敬而無失・恭而有礼」によって変えられるもの(人間関係・信頼)を築くという、実践的なストア主義にも通じる思想が見られます。 - 徳をもって“社会的家族”を築く
真の孤独は肉親の有無ではなく、信頼し合える関係性の有無にかかっているというメッセージ。
7. ビジネスにおける解釈と適用
(1)「血縁に頼らない“信頼のネットワーク”を築く」
- 同族企業や親族経営だけでなく、敬意と礼節によって信頼を築く組織風土が最も健全。
→ 血縁より徳縁が強い。
(2)「変えられないことを嘆かず、変えられることに集中する」
- 業績・配属・評価など、自分でコントロールできない事象にとらわれず、自分のふるまい(敬・恭・礼)を整えることで信頼と成果を築く。
(3)「上司・同僚・部下とも兄弟のような絆を」
- 単なる業務関係ではなく、相互敬意による“疑似家族”的な職場文化は離職率を減らし、生産性を高める。
8. ビジネス用の心得タイトル
「徳がつなぐ“絆”──四海のうち皆兄弟」
この章句は、孤独に悩む者への力強い励ましであり、現代においても
「自分の在り方次第で人間関係は広がる」という希望を与えてくれます。
ビジネスにおいても、血縁や立場に縛られず、徳と礼をもって信頼の絆を築くという視点は、リーダーシップやチームビルディングにおいて極めて有効です。
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