—偉業の上に、思いやりが根を張るとき、理想の統治が成る
貞観十六年、太宗は自らの政治を省みて、功績(功)、国利(利)、徳行(徳)、仁愛(仁)の四つの柱について、どれにおいて最も優れているかと魏徴に問うた。
魏徴は即座に、「戦乱を収め、異民族を退けた功、民の暮らしを安定させた利は、すでに成し遂げられております」と応じる。
しかし同時に、「徳と仁の道は、これからも自らを励み続けることで、必ずや成し遂げられるものです」と進言した。
すでに功と利において非凡な成果を挙げた太宗に、魏徴はあえて“人徳”と“仁愛”の継続的な修養を勧めた。
外を治める力と、内を照らす心。両輪が揃ってこそ、真に揺るぎない治世となる。
原文(ふりがな付き引用)
「克己(こっき)して政(まつりごと)を為(な)し、烈(れつ)を仰(あお)ぎ企(くわだ)つ。
積徳(せきとく)・累仁(るいじん)・豊功(ほうこう)・厚利(こうり)、四者(ししゃ)を常に首(しゅ)と為(な)し、皆(みな)庶幾(こいねが)わくは自らを勉(つと)めんとす」
…
「功(こう)と利(り)多し。
徳(とく)と仁(じん)は、願わくば陛下、自ら強(つと)めて止(や)まず、必(かなら)ず致(いた)すべし」
注釈
- 功(こう):政治的・軍事的な実績。国内平定や異民族征伐など。
- 利(り):民生の安定・経済の充実など国民の実益に関わる成果。
- 徳(とく):為政者としての道徳、人格の高潔さ。
- 仁(じん):民を慈しむ思いやり、温情の心。
教訓の核心
- 国家を治める力(功・利)と、心を治める力(徳・仁)は車の両輪。
- 外敵を退け、民を潤したあとは、内に向けて徳と仁を育てよ。
- 実績に満ちた治世こそ、なおさら徳義を忘れてはならない。
- 「よく治めた」と言われるより、「よく愛された」と言われる治世を目指すべし。
題材章句:
『貞観政要』巻一「貞観十六年」太宗と魏徴の問答より
1. 原文
貞觀十六年、太宗問特魏徵曰「克己爲政、仰企先烈。至於積德・累仁・豐功・厚利、四者常以爲稱首、各皆庶幾自勉。人苦不能自見、不知己之所行、何等優劣」。
徵對曰「德・仁・功・利、陛下兼而行之。然則內平禍亂、外除戎狄、是陛下之功。安諸黎元、各有生業、是陛下之利。由此言之、功利居多、惟德與仁、願陛下自強不息、必可致也」。
2. 書き下し文
貞観十六年、太宗、特に魏徴に問いて曰く、
「己を克(こく)して政を為し、先烈に仰ぎ企つ。積徳・累仁・豊功・厚利に至るまで、四者を常に首と為して称(たた)え、それぞれ勉めんことを庶幾(こいねが)う。人は自らを見ざるに苦しみ、自らの行う所の何等の優劣なるかを知らず。」
魏徴対(こた)えて曰く、
「徳・仁・功・利は、陛下、兼ねてこれを行いたまう。然らば内は禍乱を平らげ、外は戎狄(じゅうてき)を除くは、これ陛下の功なり。諸(もろもろ)の黎元(れいげん)を安んじ、それぞれ生業を有するは、これ陛下の利なり。ここによりて言えば、功利は多くを占めたまう。惟(ただ)徳と仁とは、願わくは陛下、自ら強(つと)めて息(や)まずば、必ず致すべし。」
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「私は己を律して政治を行い、先人たちの偉業に仰ぎ励んでおります。徳・仁・功績・利益の四つを、常に最も大切なものと考え、日々それを目指して努力しているのですが、」
→ 太宗が述べた自己省察の言葉。自らを戒め、高い理想を掲げて政治を行っているという。 - 「人間は、自分自身を客観的に評価することが難しく、自分がどの程度それを実践できているか、優れているのか劣っているのかがよく分からないのです。」
→ 自省の限界を認め、魏徴の意見を求めている。 - 「魏徴が答えて言った:『徳・仁・功・利の四つは、陛下はすでにすべて実行されております。』」
→ 太宗の政治が包括的に進められていることを肯定。 - 「国内の反乱を鎮め、外敵を撃退されたのは、これは陛下の“功”であります。」
→ 内政・外交の成果を「功(功績)」として評価。 - 「民を安んじ、それぞれの生業を安定させたのは、これは“利(利益)”であります。」
→ 国民の安定した生活の実現は「利」として評価。 - 「このように見れば、功と利の面ではすでに多くを成し遂げられました。あとは、徳と仁をさらに深めていくことを、どうか不断の努力によって追求していただきたいのです。」
→ “成果”は上がっているので、今後は“人格的統治”に注力してほしいという忠言。
4. 用語解説
- 克己(こくき):自分の欲望を抑え、己に打ち勝つこと。自己統制。
- 積徳・累仁(せきとく・るいじん):道徳と慈愛を積み重ねていくこと。
- 豐功・厚利(ほうこう・こうり):「功」は実績・戦功、「利」は民への実利・恩恵。
- 庶幾(こいねがう):願う、望むという意味。
- 戎狄(じゅうてき):異民族・辺境の敵勢力を指す。
- 黎元(れいげん):一般庶民のこと。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
唐の太宗が魏徴にこう尋ねた──「私は自らを律し、先人の徳に倣って政治を行っているが、徳・仁・功・利の四つの中で、自分がどれほどできているか分からない。どう思うか?」
魏徴は答えた──「陛下はそのすべてを兼ね備えておられます。内乱を鎮圧し、外敵を退けたのは“功”であり、民を安んじ生計を立てさせたのは“利”です。これらはすでに成就されています。あとは“徳”と“仁”を深めることに力を注ぎ続けていただきたいのです。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、「国家の成果(功・利)」と「人格の価値(徳・仁)」をどうバランスさせるか、というテーマを扱っています。
太宗のような偉大な統治者でさえ、自らの成果を測ることに苦しんでいた。そして、魏徴はそうした君主に対し、成果に満足せず、「人格の涵養」に励み続けるよう勧めています。
これは今日のリーダーにも通じる重要な教訓であり、**「成果に慢心せず、徳と愛をもって治めること」**が長期的な信頼と安定を生むという価値観が読み取れます。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
A. 成果主義の罠と“人徳”の必要性
- 売上・市場拡大などの「功・利」は可視化されやすく、評価もされやすい。しかし、リーダーとして最も長期的に求められるのは、「人格的信頼=徳と仁」。
B. 客観評価の重要性
- 太宗のように「自分ではわからない」と言えるリーダーは、成長できる。定期的な360度評価や、外部メンターの意見を求める文化が望ましい。
C. “功利偏重”では組織が疲弊する
- 目先の成果ばかり追い、思いやりや信義が疎かになると、部下の忠誠心や連帯感が失われる。「人間重視」の文化が長寿企業を支える。
8. ビジネス用の心得タイトル
「功と利は目に見え、徳と仁は人を動かす」──成果の上に、人格を築け
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