── 立場をわきまえ、柔軟に言葉を選ぶ知恵
孔子は、相手の立場に応じて話し方を巧みに変えていた。
下位の者に対しては親しみやすく率直に、上位の者には丁寧で礼を尽くして接した。
さらに、君主の前では慎みをもって、うやうやしく、しかし決して萎縮することなく落ち着いて話したという。
場と相手にふさわしい言葉づかいは、単なるマナーではない。相手を尊重する姿勢であり、自分の内面を整える手段でもある。
原文とふりがな付き引用
「朝(ちょう)において下大夫(かだいふ)と言(い)うには、侃侃如(かんかんじょ)たり。上大夫(じょうたいふ)と言(い)うには、誾誾如(ぎんぎんじょ)たり。君(きみ)在(いま)せば踧踖(しゅくしゃく)如(じょ)たり、与与(よよ)如(じょ)たり。」
注釈
- 侃侃如(かんかんじょ):打ちとけて率直に話す様子。威圧せず自然体で接する。
- 誾誾如(ぎんぎんじょ):丁寧で穏やか、礼を失わない話しぶり。
- 踧踖(しゅくしゃく):慎み深く、うやうやしい態度。君主の前での姿勢。
- 与与(よよ):落ちついていて、ゆったりとした雰囲気。緊張しすぎず、どっしり構える。
1. 原文
與下大夫言侃侃如也、與上大夫言誾誾如也、君在踧踖如也、與與如也。
2. 書き下し文
朝(ちょう)において下大夫(かたいふ)と言(い)うには、侃侃如(かんかんじょ)たり。上大夫(じょうたいふ)と言うには、誾誾如(ぎんぎんじょ)たり。君在(いま)せば、踧踖(たくせき)如たり、与与(よよ)如たり。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「下大夫と言うには、侃侃如たり」
→ 地位が下の大夫(役人)と話すときは、率直でおおらかな態度であった。 - 「上大夫と言うには、誾誾如たり」
→ 上位の大夫と話すときは、丁重で慎み深い口調であった。 - 「君在せば、踧踖如たり、与与如たり」
→ 君主(主君)がいる場では、慎み深く(緊張感をもって)佇み、また穏やかに和やかな雰囲気でもあった。
4. 用語解説
- 下大夫(かたいふ):中級官僚にあたる役職。孔子より目下の位。
- 上大夫(じょうたいふ):高位の官僚。孔子よりも目上の地位。
- 侃侃(かんかん):率直で遠慮がなく、堂々としたさま。
- 誾誾(ぎんぎん):丁重で慎み深く、礼を尽くした物腰。
- 君(きみ):ここでは国の君主、あるいは目上の最高位の人物。
- 踧踖(たくせき):身を縮めるような、非常に慎み深く丁重な態度。
- 与与(よよ):穏やかで落ち着いていて、和やかなさま。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孔子は、地位が自分より下の官僚とは、率直かつ堂々と話した。
地位が上の官僚とは、丁寧で慎み深く応対した。
そして、君主がいる場では、非常に慎み深い態度で臨む一方、和やかさと落ち着きも保っていた。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、対人関係における「礼(=ふるまい)」の実践的な在り方を説いています。
孔子は相手の地位や関係性に応じて、話し方や態度を自然に変えていました。ただへりくだるのではなく、「率直であるべき場」「慎重であるべき場」をわきまえて対応する姿勢が強調されています。
これは、儒教の核心でもある「礼」(社会秩序と調和を保つ行動様式)の体現でもあります。
7. ビジネスにおける解釈と適用
🧑🤝🧑 「立場に応じたコミュニケーション力」
- 部下・後輩には率直に
→ 意見を包み隠さず伝え、信頼と成長を引き出す。侃侃たる態度で誠実に接することが大切。 - 上司・経営層には丁重に
→ 状況をわきまえ、敬意を込めた態度で話す。礼儀を守る姿勢が信用を生む。 - トップの場(役員会議・顧客先など)では、“緊張感と和やかさ”の両立を
→ 重要な場面での立ち居振る舞いは、場の空気を読む力が試される。硬すぎず軽すぎず、信頼を与えるバランスが必要。
🎤 「TPOをわきまえる発言・表現」
たとえば、同じ報告内容でも、上司と部下では語調や言葉選びを変えるのが礼儀です。
「誰に」「どこで」「何を伝えるか」に応じて、最適なトーン・内容・構成を選ぶ能力は、組織人としての成熟度を示します。
8. ビジネス用の心得タイトル付き
「立場を見極め、語りを変える──“礼節”が信頼と影響力を高める」
この章句は、単なる言葉遣いの技巧ではなく、「相手と場に応じて適切な態度を選ぶ」人間力の鍛錬を促すものです。
現代ビジネスにおいても、このような“文脈に応じた振る舞い”が、信頼を得て成果を上げる鍵となることは間違いありません。
コメント