― 今こそ仁政を行い王道を築く好機 ―
孟子は、行動において「時勢を読む」ことの重要性を説く。
彼は斉のことわざを引用してこう語る――
「いくら知恵があっても、勢いに乗ることにはかなわない。どれだけ農具があっても、耕すには時期を待たねばならない」。
それはつまり、備えがあっても“好機”を活かせなければ無駄に終わるという意味だ。
孟子は、まさに“今”が仁政を行い、王者の道を実現するべきときであると断言する。
かつての夏・殷・周の三代の最盛期でさえ、統治領域は千里四方を超えることはなかった。
しかし、すでに斉はそれに匹敵する地を持ち、国境では鶏や犬の鳴き声が四方に響くほど人口も密集している。
つまり、土地を新たに切り開く必要も、民を集め直す必要もない。
「今すぐ仁政を行えば、誰にもそれを阻むことはできない」――孟子はそう力強く語った。
原文(ふりがな付き引用)
「斉人(せいじん)言(い)える有(あ)り。曰(いわ)く、知慧(ちえ)有(あ)りと雖(いえど)も、勢(いきお)いに乗(じょう)ずるに如(し)かず。
鎡基(しき)有りと雖も、時(とき)を待(ま)つに如かず、と。今(いま)の時(とき)は則(すなわ)ち然(しか)し易(やす)きなり。
夏后(かこう)・殷(いん)・周(しゅう)の盛(さか)んなるも、地(ち)未(いま)だ千里(せんり)に過(す)ぐる者(もの)有(あ)らざるなり。
而(し)して斉(せい)其(そ)の地(ち)を有(ゆう)せり。
鶏鳴狗吠(けいめいくばい)相(あい)聞(きこ)えて、四境(しきょう)に達(たっ)す。
而して斉其の民(たみ)を有せり。
地(ち)改(あらた)め辟(ひら)かず。民(たみ)改め聚(あつ)めず。
仁政(じんせい)を行(おこな)うて王(おう)たらば、之(これ)を能(よ)く禦(ふせ)ぐる莫(な)きなり。」
注釈(簡潔版)
- 「勢いに乗ずる」:機運を読むことの重要性。タイミングが何よりも決定打になる。
- 鎡基(しき):農具のこと。準備が整っていても、耕すには適切な時が必要。
- 夏后・殷・周:三代の王朝。いずれも徳治によって知られる理想国家の例。
- 鶏鳴狗吠(けいめいくばい):鶏や犬の鳴き声が国境に届くほど、民家が密集している様子。
- 仁政(じんせい):民の幸福と道義を重んじる政治。孟子が最も重視した王道の基盤。
パーマリンク(英語スラッグ案)
act-with-timing
(行動にはタイミングを)opportunity-for-virtue
(徳を行う好機)now-is-the-moment-for-justice
(今こそ仁政のとき)
この節は、机上の理想を説くのではなく、備えと時勢の一致こそが歴史を動かす鍵であることを、強く訴えています。
1. 原文
齊人言、曰、雖有智、 不如乘勢。雖有鎡基、不如待時。
今時則易然也。夏后・殷・周之盛、地未過千里者也。
而齊有其地矣。雞鳴狗吠相聞、而達乎四境。
而齊有其民矣。地不改辟矣、民不改聚矣。
仁政を行うて王たらば、莫之能禦也。
2. 書き下し文
斉人に言える有り、曰く、
「智(ち)有りと雖(いえど)も、勢いに乗ずるに如(し)かず。
鎡基(しき)有りと雖も、時を待つに如かず。」と。
今の時は、則ち然し易きなり。
夏后(かこう)・殷(いん)・周(しゅう)の盛なるも、地、未だ千里を過ぐる者あらざるなり。
而して、斉は其の地を有せり。
鶏鳴狗吠(けいめいくはい)、相聞えて四境に達す。
而して、斉は其の民を有せり。
地、改めて辟(さ)かず。民、改めて聚(あつ)まらず。
仁政を行うて王たらば、之を能く禦(ふせ)ぐ者無し。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 斉の人が言った。「いかに知恵があっても、情勢に乗ることには及ばない。どれだけ基礎がしっかりしていても、時を待つことには敵わない。」
- 今は、まさにそういう有利な時機である。
- 夏后・殷・周という、かつての盛んな王朝ですら、領土は千里を超えていなかった。
- しかし、今の斉はその広さをすでに持っている。
- 鶏の鳴き声や犬の吠える声が、四方の国境まで聞こえるほどに民が住んでおり、
- すでに斉はその民も手中にしている。
- 土地は開拓されたわけではなく(昔のままであり)、
- 民も移住させたのではなく(自然にそこにいる)。
- この状況で仁政を行えば、誰もそれを防ぐことはできない。
4. 用語解説
- 乘勢(じょうせい):勢いに乗る。時流や機運に応じた行動を取ること。
- 鎡基(しき):土台・基盤。ここでは制度や道徳的基礎の意。
- 待時(たいじ):時機を待つこと。最適なタイミングを見極める姿勢。
- 夏后・殷・周:古代中国の三大王朝。いずれも伝説的または歴史上の名王朝。
- 鶏鳴狗吠(けいめいくはい):鶏の鳴き声や犬の吠える声。人家が密集している様子の比喩。
- 四境(しきょう):四方の国境。国土の隅々。
- 仁政(じんせい):思いやりと道義に基づいた政治。孟子が理想とする統治形態。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
斉の人は言った。「どんなに賢くても、勢いに乗ることにはかなわない。どんなに立派な基礎があっても、時機を待つことには及ばない」と。今まさに、その時機は整っている。
かつての夏・殷・周といった盛んな王朝でも、領土は千里を超えることはなかった。しかし今の斉国は、それほどの領土と人口をすでに擁している。人々はすでに定着しており、土地もそのまま活かされている。
このような条件のもとで仁政を行えば、誰もそれを止めることはできない。
6. 解釈と現代的意義
この章句では、孟子が「王道政治(仁政)の実現可能性」について、地政学的・人口的な優位性から説明しています。
- 情勢を読む力と機を逃さぬ行動
知恵よりも「勢」、基盤よりも「時」。いかに理想を語ろうと、タイミングを逃せば実現できない。まさに現代においても、戦略よりタイミングが重要な局面がある。 - 既存資源を活かす知恵
この章句では、土地も民も「新たに作ったものではなく、すでにそこにある」と強調されており、「今あるものをどう使うか」という視点が中心。 - 理想は条件を整えた先に実行される
仁政は、単に理想として掲げるだけでなく、土台(領土・民力)があって初めて成立するという現実的な側面を教えている。
7. ビジネスにおける解釈と適用
「戦略よりタイミング──乗るべき“勢”を見極めよ」
いかに優れた企画・商品があっても、世の中の需要や流れに合っていなければ成功は難しい。今の流行、社会情勢、競合の動向を見て「今が攻め時か」を判断する力が経営者には不可欠。
「既存資源を最大限活用する組織設計」
ゼロから作るのではなく、今ある資源──社員のスキル、既存顧客、物理的資産など──をどう活かして理想(仁政=価値創出)を実現するか。不要な変革よりも現状の適応・活用が勝ることも多い。
「やるべき時に、やるべきことをする勇気」
すでに地(基盤)も民(リソース)も整っているなら、後は「やるだけ」。この“踏み出す力”の欠如が、最大の機会損失につながる。
8. ビジネス用の心得タイトル
「戦略よりも勢と時──いま活かす勇が未来を拓く」
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