孟子は、人生における吉凶禍福はすべて天命であると述べ、正しい天命を素直に受け入れる心構えの大切さを説いた。自然に訪れる天命を理解し、それに従うことが重要であり、無理に自分から危険を冒すようなことはしないことが賢明だと言う。しかし、もし自分が歩むべき道を尽くして死ぬなら、それは正しい天命を全うしたことになる。しかし、道義に反して罪を犯し、刑罰を受けて死ぬようなことは、決して正しい天命とは言えない。
「孟子曰(いわ)く、莫(な)きは命(めい)に非(あら)ざるなり。其(その)正(せい)を順受(じゅんじゅ)すべし。是(これ)の故に命(めい)を知る者は、巖牆(がんしょう)の下に立たず。其(その)道(みち)を尽(つ)くして死(し)する者は、正命(せいめい)なり。桎梏(しっこく)して死する者は、正命に非ざるなり。」
解説:
- 天命:人生におけるすべての出来事は、天命によるもの。吉凶禍福も含め、運命に従うことが重要である。
- 正命:自然に訪れる正しい天命。自分の歩むべき道を尽くして命を全うすることが、正しい天命のあり方である。
- 巖牆(がんしょう):危険な岩石や崩れかけた土べいのこと。無理にそのような危険な場所に立つことは避けるべきという教訓。
- 桎梏(しっこく):刑罰を受けること。道義に反して罪を犯し、その結果として死を迎えることは天命とは言えない。
『孟子』 尽心章句(下)より
1. 原文
孟子曰、莫非命也。順受其正。是故知命者、不立乎巖牆之下。盡其道而死者、正命也。桎梏死者、非正命也。
2. 書き下し文
孟子曰(いわ)く、命(めい)に非(あら)ざるは莫(な)きなり。其の正(せい)を順(したが)って受(う)くべし。是(ここ)を以(もっ)て命を知る者は、巖牆(がんしょう)の下に立(た)たず。其の道(みち)を尽(つ)くして死(し)する者は、正命(せいめい)なり。桎梏(しっこく)して死する者は、正命に非(あら)ざるなり。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 「孟子曰、莫非命也」
→ 孟子は言った。「この世に起こるすべてのことは、命(=天命)である。」 - 「順受其正」
→ 「その正しいあり方に従って、自然に受け入れるべきである。」 - 「是故知命者、不立乎巖牆之下」
→ 「だから天命を理解する者は、崩れそうな崖や壁の下には立たない。」 - 「盡其道而死者、正命也」
→ 「人としての道を尽くして死ぬのは“正命”である。」 - 「桎梏死者、非正命也」
→ 「手かせ足かせで苦しんで死ぬのは、“正命”ではない。」
4. 用語解説
- 命(めい):ここでは「天命」、自然の摂理により定まっている運命。
- 順受(じゅんじゅ):「順って受ける」=自然の理(正)に従い、無理に抗わず受け止めること。
- 巖牆(がんしょう):崩れそうな崖や壁、危険な場所。物理的に危ない環境の象徴。
- 正命(せいめい):人が本来の道を尽くして迎える死。倫理的に意味ある「運命」。
- 桎梏(しっこく):足枷・手枷。転じて束縛・不自由・刑罰。
- 非正命(ひせいめい):不注意や不徳による死。天命に背く結果。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孟子はこう語った:
「この世のすべては天命である。その天命には従って受け入れるべき正しいあり方がある。
だから天命をよく知る人は、崩れそうな壁の下など、明らかに危険な場所には近づかない。
自分の道を誠実に尽くして死ぬならば、それは“正命”である。
しかし、拘束されて無念のうちに死ぬような結果は、天命に沿った死とは言えない。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、孟子の「天命観」と「行動倫理」を両立させる実践的教えです。
- すべては天命だが、受け入れ方が重要
孟子は決して宿命論ではありません。自らの行動・選択によって「正命」=意味ある人生を築けると説きます。 - リスクに対する自覚も“命を知る”一部
危険を避ける判断は、命を大切にする姿勢の表れであり、それもまた“命を尽くす”行動の一つ。 - 誠実な努力の末の死=本望
死そのものよりも、「どう生き、どう尽くしたか」が問題視されています。 - 不注意・不作為・無為の末の死=非正命
巻き込まれて死ぬ、拘束されて死ぬ、というのは、自分の行動で避けられたかもしれない責任を含んでいます。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
「天命を知る者は、危険を避ける者である」
- 本質的に価値のある目標に向かいつつも、リスクマネジメントや安全意識を持つことが、現代の「命を知る者」の条件。
- 言い換えれば、“理想に殉じて無謀になる”のではなく、“理想に向かいながら生き抜く”という賢さが求められる。
「尽道而死」は“全力を尽くすこと”の美学
- 成果の有無ではなく、やるべきことをやり抜いたかが評価基準。
- 全力でやりきったなら、結果に悔いはない──これが「正命」の精神。
「桎梏に死す」は、選択放棄の象徴
- 不作為・他責思考・依存構造の中で“死ぬ(失敗する)”ことは、天命を知らず、尽くさずに終わる姿。
- 例:他人の指示を待ってばかり、上司の顔色だけをうかがう、何も行動せず時間だけが過ぎる…こうした働き方は「非正命」。
8. ビジネス用の心得タイトル
「命を尽くすとは、責任をもって選び、退かずに生きること」
この章句は、「命は天にあり、しかし生き方は自分次第」という孟子らしい主体性と倫理観を教えてくれる名言です。
ビジネスでも、「やるべきことをやり切り、無駄なリスクは避け、結果に動じない」──この覚悟と行動が、真に信頼されるリーダーや人材の基盤となるはずです。
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