人生には、順調なときもあれば、不調なときもある。
心にもまた、穏やかなときもあれば、乱れてしまうときもある。
それなのに、どうして自分の人生だけが、常に好条件であることを願い続けられようか?
どうして他人ばかりに、自分の都合のよい態度を取り続けてほしいと望めようか?
自分の浮き沈みを認めることができれば、他人の不完全さにも寛容になれる。
人生も人も、「いつも完璧」を求めるのではなく、互いの不揃いを受け入れて、対処していく。
その心構えこそが、心を整え、調和の中で生きる智慧となる。
原文とふりがな付き引用
人(ひと)の際遇(さいぐう)は、斉(ととの)うる有(あ)り、斉(ととの)わざる有(あ)り、而(しか)して能(よ)く己(おのれ)をして独(ひと)り斉(ととの)わしめんや。
己(おのれ)の情理(じょうり)は、順(じゅん)なる有(あ)り、順(じゅん)ならざる有(あ)り、而(しか)して能(よ)く人(ひと)をして皆(みな)順(じゅん)ならしめんや。
此(こ)れを以(もっ)て相(あい)観(み)し対治(たいじ)せば、亦(また)是(こ)れ一(いち)の方便(ほうべん)の法門(ほうもん)なり。
注釈(簡潔に)
- 際遇(さいぐう):身の上、境遇。自分の置かれた状況。
- 斉し(ととのう):整っている、そろっている状態。完璧に近い意味。
- 情理(じょうり):心の働き、気分や論理。感情と理性の両面。
- 相観し対治する:自分の状態と他人の状態を見比べ、相互に理解して対処する。
- 方便の法門(ほうべんのほうもん):仏教における「真理に至るための手段」。ここでは「人生を調える智慧」の意味。
1. 原文
人之際遇、有齊有不齊、而能使己獨齊乎。己之情理、有順有不順、而能使人皆順乎。以此相觀對治、亦是一方便法門。
2. 書き下し文
人の際遇(さいぐう)は、斉(ひと)しき有り、斉しからざる有り。而(しか)して能(よ)く己をして独(ひと)り斉しからしめんや。
己の情理(じょうり)は、順(したが)う有り、順わざる有り。而して能く人をして皆(みな)順わしめんや。
此(こ)れを以(も)って相観(そうかん)し、対治(たいじ)すれば、亦(また)是(こ)れ一(いち)の方便(ほうべん)の法門(ほうもん)なり。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳す)
- 人之際遇、有齊有不齊、而能使己獨齊乎。
→ 人の運命や境遇には、等しいこともあれば、不平等なこともある。
それなのに、自分一人だけが常に公平であるようにできるだろうか。 - 己之情理、有順有不順、而能使人皆順乎。
→ 自分の気持ちや考えにも、理にかなう時とそうでない時がある。
それなのに、人が皆、自分に従ってくれると期待できるだろうか。 - 以此相觀對治、亦是一方便法門。
→ こうしたことを互いに照らし合わせて反省・調整するならば、
それ自体が一つの「柔軟で実践的な修養の道(法門)」である。
4. 用語解説
- 際遇(さいぐう):人が人生の中で出会う運命・境遇・状況。
- 斉(ひと)しい/不斉(ふせい):等しい/等しくない、不公平な。
- 情理(じょうり):感情と道理。自分の心情や理屈・判断。
- 順(じゅん)/不順:従う、理にかなう/そうでない、反発する。
- 相観(そうかん):照らし合わせて観察・反省すること。
- 対治(たいじ):矛盾や問題を対処・克服すること。仏教用語的には「煩悩に対する修行法」。
- 方便(ほうべん):仏教的な「巧みな手段」や「柔軟な実践知」。
- 法門(ほうもん):仏道に入るための方法・修行の道。転じて「人生の知恵」とも。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
人の人生や運命には、平等なこともあれば不平等なこともある。だからといって、自分だけが常に公平に扱われることはない。
自分の気持ちや考えだって、いつも正しいとは限らない。なのに、他人がすべて従ってくれることを期待するのはおかしい。
こうした点を互いに省みて、心を調整し合うことができれば、それこそが実践的な人生修行の一つである。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、「不完全な人間関係にどう向き合うべきか」という、極めて現実的かつ哲学的な問いに対する答えです。
人はつい「自分は正しい」「自分は損をしている」と思いがちですが、他者もまた不完全な存在であり、人生の条件も平等ではありません。だからこそ、「相互理解」と「柔軟な受容」が大切なのです。
この章句は、「完全な公平や完全な従順を求めることは執着にすぎず、むしろそれを手放し、自己と他者を照らし合わせながら調和していくことが、本当の成長につながる」と教えてくれます。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
▪「自分だけが正しい」という前提を捨てよ
リーダーであっても、自分の判断が常に正しいとは限らない。意見が食い違うのは当然と考えれば、組織の摩擦は減る。
▪ 立場の違いから生まれる「不公平感」を和らげる視点
新人・中堅・マネージャーでは経験も期待値も異なる。全員に完全な公平を求めるのではなく、「それぞれに事情がある」と見ることが健全な人間関係につながる。
▪ 相互理解は「観察と対話」から
自分の感情・理屈と、相手のそれを照らし合わせ、互いに調整しようとする努力が、組織における「柔らかい強さ」となる。
▪ 完璧な一体感より、「摩擦の中の調和」が成熟を生む
意見のズレや価値観の違いを前提としたうえで、どうやって合意形成・信頼関係を築くか。その実践がビジネススキルの真髄。
8. ビジネス用の心得タイトル
「完全を求めず、調和を育む──“不揃い”に智慧あり」
この章句は、理想と現実のギャップの中で生きる私たちにとって、重要な「共感力」と「柔軟さ」の手本となります。
リーダーとして、同僚として、家庭人としても、「自分だけが正しく、他人が誤っている」と考えるのではなく、互いの違いを受け入れ、それでも共に歩む――その姿勢こそが真の成熟です。
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