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■引用原文(書き下し文付き)
原文:
楚書曰、「楚国無以為宝、惟善以為宝。」
舅犯曰、「亡人無以為宝、仁親以為宝。」
秦誓曰、「若有一个臣、断断兮無他技、其心休休焉、其如有容焉。
人之有技、若己有之、人之彦聖、其心好之、不啻若自其口出、寔能容之、以能保我子孫、黎民亦尚有利哉。
人之有技、疾以悪之、人之彦聖、而違之俾不通、寔不能容、以不能保我子孫、黎民亦曰殆哉。」
唯仁人放流之、迸諸四夷、不与同中国。此謂唯仁人為能愛人能悪人。
見賢而不能挙、挙而不能先、命也。
見不善而不能退、退而不能遠、過也。
好人之所悪、悪人之所好、是謂払人之性、必逮夫身。
是故君子有大道、必忠信以得之、驕泰以失之。
■逐語訳(一文ずつ)
- 『楚書』にはこうある。「楚国には宝とすべきものはなく、ただ善人こそが宝である」。
- 晋の舅犯は言った。「亡命の身で宝などないが、仁愛のある身内こそが宝である」。
- 『秦誓』にはこうある。「もし一人の臣下がいて、特に技術がないとしても、その心は寛容で人を受け入れる力がある。
- 他人に才能があると、まるで自分のように喜び、立派な人物がいれば、心から称賛し、口先だけでなく、実際にそれを受け入れて用いる。
- こうして国の子孫や人民を守れるのなら、民も利益を受けるであろう。
- 逆に、他人の才能をねたみ、賢者の存在を封じようとするならば、それによって国は守れず、民も危うくなる。
- ただ仁者だけが、こうした妬み深い者を遠ざけ、蛮族の地へと追放し、善人たちと共に生きさせないようにできる。
- これこそ、「仁者だけが真に人を愛し、また正当に人を憎むことができる」ということである。
- 賢者を見ても挙用できず、挙げても重く扱えないのは怠慢であり、
- 悪人を見ても除けず、除けても関係を絶てないのは過失である。
- 人が憎むものを好み、人が好むものを憎むのは、人の本性に逆らうことであり、
- 必ずその報いは身に及ぶ。
- だからこそ、君子には「大道」がある。忠と信によって成功は得られ、傲慢と逸脱によってそれは失われるのだ。
■用語解説
- 善を以て宝とす(惟善以為宝):物質ではなく、人格と徳のある人材こそが国家・組織にとって最大の資産であるという考え。
- 舅犯(きゅうはん):春秋時代、晋の名臣。ここでは仁徳を持つ近親者を宝とする姿勢を語る。
- 秦誓(しんせい):秦穆公が失敗を反省して臣下に向けた宣言。徳ある者の重用の重要性を説く。
- 彦聖(げんせい):才知・徳を兼ね備えた立派な人物。
- 容る(いる):受け入れる、評価する、登用する。
- 払人之性:人間の自然な善悪の感情に逆らうこと。
- 大道:ここではリーダーとしての正道=忠信の実践を意味する。
- 忠信(ちゅうしん):誠実と信頼。政治・経営の基礎徳目。
- 驕泰(きょうたい):驕り高ぶること。組織崩壊の兆候。
■全体の現代語訳(まとめ)
古来より、国家にとって最大の宝とは「善人」──つまり人格と知恵を備えた賢人であるとされてきた。
徳のあるリーダーは、他人の才能を喜び、まるで自分のことであるかのように惜しみなく支援し、活用する。
こうした寛容の心こそが、国家や組織を支える礎である。
逆に、他人の優秀さをねたみ、賢者の登用を妨げる者が力を持てば、その害はやがて国家や組織全体に及び、滅亡の種となる。
だからこそ、仁者のみが真に人を正しく評価し、愛し、必要に応じて断罪もできる。
また、優秀な人材を登用できない、あるいは優遇できないのは、怠慢であり誤りである。
善悪の判断が狂えば、いずれその報いは自分自身に返ってくるのだ。
ゆえに、君子(リーダー)は「忠」と「信」をもって事を行い、「驕り」と「放縦」を戒めねばならない。
■解釈と現代的意義
この章は、真のリーダーとはいかなる人物かを描き出しながら、現代の経営・マネジメントにも通じる核心を示しています。
- 「才能ある者を喜んで登用せよ」
組織のリーダーは、自分より優れた人材を喜び、ねたまず、誠実に活用する度量を持つべきである。 - 「容るる心」こそ国家の礎
寛容であること、異質や才能を受け容れることこそが、持続可能な国家・企業をつくる。 - 「忠信」で人が集まり、「驕泰」で人が離れる
組織文化やトップの姿勢が、最終的に成功・失敗を左右する。
■ビジネスにおける解釈と適用
観点 | 適用例 |
---|---|
経営者の器量 | 「自分の部下が優秀すぎると怖い」──という狭量な態度ではなく、才能を惜しみなく育て、活かすリーダーこそ真の経営者。 |
企業文化と登用制度 | 実力や人格のある人材をねたみ排除する文化ではなく、公平な評価と登用を貫く組織が成長する。 |
信頼関係の構築 | 忠(まごころ)と信(誠実)によって社員の心をつかみ、驕りによってそれを失う。信頼は構築に時間がかかり、崩壊は一瞬。 |
リスクと責任 | 賢人を遠ざけ、悪人を放置するリーダーは、やがてそのツケを自ら払うことになる(必逮夫身)。 |
■心得まとめ(ビジネス指針)
「人を容る心が、人を集め、国を興す」
善を喜び、賢を活かし、悪を遠ざけよ。
それこそが、真に人を治め、組織を導く者の「大いなる道」である。
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