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善の果は、時を経て静かに花ひらく


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■引用原文(日本語訳)

二〇*
まだ善の果報が熟しないあいだは、
善人でもわざわいに遇うことがある。
しかし善の果報が熟したときには、
善人は幸福に遇うのである。
―『ダンマパダ』より


■逐語訳

  • 善の果報が熟しないあいだ:善行の結果(カルマの果)がまだ現れていない時期。
  • 善人でもわざわいに遇うことがある:誠実で徳を積んでいる人でも、不運や困難に見舞われることがある。
  • 善の果報が熟したときには:積んだ善の因果が十分に成長し、現実に結果として現れるタイミング。
  • 幸福に遇う:心身の安らぎ、社会的信用、支援、安定などの恩恵を受けること。

■用語解説

  • 果報(かほう):仏教における「業の結果」。善い行為には善い報い、悪い行為には悪い報いが時間差で訪れる。
  • 熟す(じゅくす):種まきの後、時間と環境によって花開くことの比喩。行為→結果のプロセス。
  • 幸福(しあわせ):ここでは物質的利益よりも、精神的安定・人間関係の豊かさ・心の平穏といった内的充足が中心。

■全体の現代語訳(まとめ)

善行を積む人であっても、すぐに良い結果が現れるとは限らない。
時には不運や苦しみに遭遇することさえある。
しかし、時間が経ち、善の果が成熟するとき、
その人には必ず深い幸福が訪れる。


■解釈と現代的意義

この偈は、「短期の困難に惑わされず、長期の善果を信じて生きよ」という仏教的希望のメッセージです。
善い行為には即時の見返りがないことも多く、「報われない」と感じることもあるかもしれません。
しかし、それは「まだ果報が熟していない」だけ。
善は必ず、時を経て静かに自分を支える根となり、やがて人生を守る果実を実らせるのです。


■ビジネスにおける解釈と適用

観点応用例
信頼構築誠実であることは、初めは誤解され報われないこともあるが、長期的には最も強い信頼資産になる。
倫理的経営短期利益よりも正道を重視する企業は、一時的に損をしても、やがて社会と顧客から深い支持を受ける。
人材育成真面目で着実な人が報われるには時間がかかる。だが、その人は長く組織を支える核になる。
自己成長成果が見えなくても、毎日の丁寧な仕事や行いは、必ず人生のどこかで報われる。

■心得まとめ

「いま報われなくても、善は静かに育っている」
すぐに結果が出ないからといって、善を疑うな。
あなたの誠実さは、見えない根として、人生を静かに支えている。
――いまはまだ果が熟していないだけ。
善を積む者には、必ず時が来る。
それが因果の道であり、真の幸福への道なのです。


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