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はげみによって、束縛を断ち切る者


■ 引用原文(日本語訳)

修行僧は、つとめはげむのを楽しみ、
放逸のうちに恐ろしさを見、
一切の束縛の絆の消滅し尽くすことを次第に体得する。

――『ダンマパダ』第四章「はげみ」第30節


■ 逐語訳(一文ずつ現代語訳)

  1. 修行僧(比丘)は、努力することに喜びを見いだしている。
     精進は苦行ではなく、内面的な歓びと充足をもたらす生き方である。
  2. 怠惰(放逸)の中には、恐ろしい落とし穴があることを理解している。
     気の緩みが人生の転落や迷妄につながることを直観的に恐れている。
  3. そして、すべての束縛(絆)を、少しずつ、確実に解き放っていく。
     貪欲・怒り・無知などの煩悩や執着を、努力と実践によって消滅させる。

■ 用語解説

用語解説
修行僧(比丘)ブッダの教えに従って修行する者。現代では「自己を律し成長を志す人」全般にも通ずる。
つとめはげむ(精進/ヴィーリヤ)ひたむきな努力。日々の実践を積み重ねること。
放逸(プラマーダ)注意力を失い、怠惰に流されること。
束縛の絆(サンヨジャナ)煩悩・執着・無明など、輪廻の原因となる精神的拘束。

■ 全体の現代語訳(まとめ)

努力を歓びとして生き、怠惰に恐れを感じる修行者は、
心を縛っている一切の絆――煩悩・迷妄・欲望・慢心――を、
日々の精進によって少しずつ解き放っていく。
その歩みは確実であり、ついには完全な自由(解脱)へと至る。


■ 解釈と現代的意義

この節は、努力による“精神的自由の獲得”というテーマを象徴しています。
人は目に見えぬ多くの「束縛」にとらわれて生きています。
それは物理的な鎖ではなく、心の内側にある不安・比較・欲・自己否定
といった
見えない絆(しがらみ)です。

修行僧のように、努力を喜びとし、怠惰を避ける生き方を重ねることで、
そのような絆を次第に解いていくことができる――。
この節は「行為の積み重ねこそが真の自由をもたらす」と語りかけています。


■ ビジネスにおける解釈と適用

観点適用例
内面の束縛からの脱却嫉妬・承認欲求・不安・執着といった無意識の「縛り」を、自己の努力で見極め解き放つ。
継続的学習の力一度の研修や習慣ではなく、「次第に体得する」ことが、本質的な変容につながる。
怠惰に対する感度怠惰がもたらすリスクを事前に察知できる人は、行動もスピードも洗練されていく。
自己実現の道目標達成だけでなく、精神的な充足や自己超越を目指すことで、本当の意味での成功に近づく。

■ 心得まとめ

「努力は、心の絆をほどく鍵である」

はげみをもって生きる者は、
外の束縛に勝る、内なる束縛――
欲・怒り・迷い――を知っている。
そのすべてを、日々の精進によって解き放ち、
最後には、何ものにもとらわれない自由を手に入れる。


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