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根を掘れ、愛執を。恐れなき心は、そこから始まる


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📜 引用原文(日本語訳)

さあ、ここに集まったみなさんに告げます。みなさんに幸あれ。
愛執を根こそぎに掘れ。
(香わしい)ウシーラ根を求める人がビーラナ草を掘るように。
愛執が根から掘られたら、憂いは存在しない。何の恐れがあろうか。
――『ダンマパダ』 第三章「愛執」より(一一)


🔍 逐語訳・語句解説

  • ここに集まったみなさんに告げます:これは教団内への直接的な呼びかけであり、聞く者すべてに向けられた覚醒のメッセージ。
  • 愛執を根こそぎに掘れ:単に抑えるのではなく、欲望の根そのものを見つけて抜き去れという実践的な命令。
  • ウシーラ根:香り高い薬草。価値あるもの、美徳、智慧の象徴。
  • ビーラナ草:すぐに繁茂する雑草。執着・煩悩の象徴。
  • 愛執が根から掘られたら、憂いは存在しない:原因を断てば、結果も自然に消えるという因果の法則。
  • 何の恐れがあろうか:愛執がなくなれば、未来への不安も、死への恐怖もなくなる。

💬 全体現代語訳(まとめ)

「ここにいるすべての人へ。どうか幸いあれ。心の奥深くに根を張っている愛執を、しっかりと見極めて、根こそぎに掘り起こしなさい。それはまるで、芳しいウシーラの根を求めて、ビーラナ草を取り除くように。そしてその根が完全に掘り起こされたならば、もはやあなたの心には憂いはなくなる。恐れも不安も、何一つ残ることはない。」


🧭 解釈と現代的意義

この節は、仏陀の呼びかけと覚醒の命令であり、愛執に対して甘えや妥協をせず、断固として向き合うように促しています。
この句の重要性は以下の三点に集約されます:

  1. 全人類への励まし:「さあ、告げます」――これは仏陀の深い慈悲と勇気のある促し。
  2. 比喩による明示:雑草(ビーラナ)と薬草(ウシーラ)の対比は、「煩悩を捨て、智慧を求めよ」という構造的な教え。
  3. 恐れの終焉:愛執さえ断てば、未来も死も、恐れることなど何もないという解脱の確信。

現代においてもこれは、私たちが日々抱える「不安」「比較」「執着」「焦り」の根を、どこまでも掘り下げていく姿勢を教えてくれます。


💼 ビジネスにおける解釈と適用

観点適用例
問題の根本原因に立ち向かう表面的な業務改善ではなく、根にある「文化」「意識」「構造」に踏み込んで変革する姿勢。
執着の見える化と手放し「成果」や「成功モデル」への過剰な執着を一度問い直すことで、新たな価値創造が生まれる。
リーダーの誠実な覚悟部下や組織に対して「恐れるな。根を見よ」と伝えられるリーダーは、長期的信頼を築く。
精神的安全の構築恐れが消えた組織は創造的で柔軟になる。煩悩(嫉妬・比較・不安)を根本から見直す取り組みは、心理的安全の第一歩。

🪷 心得まとめ:感興のことば

「愛執の根を掘り起こせ。憂いも恐れも、その根から消える。
ビーラナ草を抜けば、大地は香る」

仏陀は、**「苦しみを感じたら、まずその根を見よ」**と語ります。
表面を整えるのではなく、根を探り、抜き、清めることこそが、真の自由と静寂への道であるのです。

あなたがいま不安や苦しみを感じているならば、それは何に「しがみついている」のかを問い、掘り起こす絶好のタイミングかもしれません。

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