目次
📜 引用原文(日本語訳)
第二二章 地獄 三一八偈
避けねばならぬことを避けなくてもよいと思い、避けてはならぬ(=必ず為さねばならぬ)ことを避けてもよいと考える人々は、邪な見解をいだいて、悪いところ(=地獄)におもむく。
――『ダンマパダ』第二二章「地獄」三一八偈
🔍 逐語訳
- 避けねばならぬことを避けなくてもよいと思い:悪行・不道徳・自他を傷つける行為を「まあいいだろう」と軽視する態度。
- 避けてはならぬことを避けてもよいと考える:責任・善行・道義的な実践を「面倒だから避けてもいい」と回避する考え。
- 邪な見解(ミッチャー・ディッティ):倫理的判断が根底から歪み、真理と反する価値観に陥っている状態。
- 悪いところ(=地獄)におもむく:そうした誤った信念と行動が、精神的・霊的苦悩の結果を招くこと。
🧩 用語解説
- 避けねばならぬこと(アクサ・カンマ):仏教においては、悪業・十悪道・破戒など。
- 避けてはならぬこと(クサラ・カンマ):善業・布施・誠実・忍耐・真理への実践。
- 邪見:因果を否定し、快楽・利己・無関心を正当化する価値観。
🗣️ 全体現代語訳(まとめ)
本来避けなければならない悪しき行いを「避けなくてもいい」と思い、逆に、本来果たすべき善き務めを「避けても構わない」と考える者は、根本的に物事を誤って見ており、やがて大きな苦しみに陥ることになる。
正しい道と間違った道を取り違えること――それは破滅への第一歩である。
🧠 解釈と現代的意義
この偈は、「善悪の基準が崩壊した状態の危険性」を鋭く指摘しています。
現代でも、利便性・快楽・効率・表面的な成果を優先するあまり、「本当は避けるべきこと」を軽視し、「本当はやるべきこと」を後回しにする場面が少なくありません。
- 不正を「しょうがない」と許す
- 誠実な対応を「非効率」として切り捨てる
- 責任を「負け」として避ける
こうした姿勢は一見「賢い」ようでいて、長期的には必ず信頼・人間関係・精神の安定を損なうものです。
💼 ビジネスにおける解釈と適用
観点 | 適用例 |
---|---|
倫理の軽視 | 「少しくらいの不正は見逃そう」という判断は、組織全体の道徳的崩壊を招く。 |
行動の選別 | 「やらなくてもバレない」ではなく、「本来やるべきかどうか」で行動を決めるべき。 |
中長期思考 | 短期利益のためにリスクを軽視すると、やがて致命的な損失に結びつく。 |
真のプロ意識 | 難しい・面倒な業務でも、「避けるべからざる務め」として向き合う姿勢が、信頼と成長につながる。 |
🧘 心得まとめ
「道を誤る者は、やがて見失う。正道を避けたその一歩が、地獄の門を開く」
善悪の基準を自分の都合で捻じ曲げれば、やがて道徳も目的も見失ってしまう。
だからこそ私たちは、
- 避けるべきことは、確実に避ける
- なすべきことは、たとえ困難でも果たす
その原則をもって生きるべきなのです。
判断の起点は「楽かどうか」ではなく、「正しいかどうか」であれ。
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