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後悔が教える、本当の善悪


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■引用原文(日本語訳)

もしも或る行為をしたのちに、それを後悔して、顔に涙を流して泣きながら、その報いを受けるならば、
その行為をしたことは善くない。
——『ダンマパダ』第5章 第67偈


■逐語訳

  • もしも或る行為をしたのちに:自らの意思で何らかの行動をとった後で、
  • それを後悔して:その行為について「すべきではなかった」と思い、
  • 顔に涙を流して泣きながら、その報いを受けるならば:心苦しく思い、悲しみとともにその結果を引き受けることになったならば、
  • その行為をしたことは善くない:それは「善行(クサラ)」ではなかったと判断できる。

■用語解説

  • 後悔(パッチャーターパ):行為後に湧き上がる良心の呵責や反省の念。
  • 涙を流す:精神的苦悩の象徴。単なる結果ではなく、深い内的苦しみを伴うことを示す。
  • 報い(ヴィパーカ):業(カルマ)によってもたらされる結果・果報。
  • 善くない行為(アクサラ・カンマ):他者を害するだけでなく、自らの心をも蝕む行為。

■全体の現代語訳(まとめ)

もしあなたが、何かをしてしまった後に強く後悔し、涙を流してその結果に苦しむようであれば、
その行為は「してよかったこと」ではなく、「避けるべきこと」であったと考えるべきである。
行為の価値は、単なる結果ではなく、それを行った者の心にどんな影響を与えたかによって判断される。


■解釈と現代的意義

この偈は、「後悔」は行為の善悪を見極めるための大切な指標であると教えています。
どんなに一時的に得をしても、のちに心に深い後悔が残るような行いであれば、それは“悪い行為”なのです。
つまり、「心の声」が最も誠実な道徳の尺度であり、良心の痛みが行為の誤りを示してくれます。
これは、外的な規範や評価ではなく、“内なる倫理”を重視する仏教ならではの教えです。


■ビジネスにおける解釈と適用

観点適用例
意思決定の質結果が出ても「心にしこりが残る」なら、その判断は再考すべきだった。利益よりも誠実さを優先する感性が重要。
顧客対応クレーム処理や謝罪の場面で、自分が“やりたくなかった対応”をした後に後悔するなら、やり方を改めるべき。
ハラスメント・倫理問題「言ってしまった」「見て見ぬふりをした」と後悔するような行為は、明らかに避けるべきだった証。
自己評価毎日の仕事の中で、自分が何に対して心が痛んだかを記録・内省することで、本当に正しい仕事の仕方が見えてくる。

■心得まとめ

「善悪の基準は、心の奥の声が知っている」
他人の評価や結果ではなく、自分の内側にある後悔や良心の痛みこそが、
その行為の善悪を明確に示してくれる。
後悔が残るなら、それは“しないほうがよかった”という、心からのメッセージだ。
その声に正直であることが、正しい人生を歩む第一歩である。

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