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主を想う心にこそ、真の忠義が宿る


一、章句(原文)

若年の時分より、一人被官は我等なりと思ひ込み候一念にて、仏神のお知らせかと存じ候。…
差出でたる奉公仕りたる事もなく、何の徳もなく候へども、その時は兼て見はめの通り、我等一人にて御外聞は取り候と存じ候。大名の御死去に御供仕り候者、一人もこれなく候ては淋しきものにて候。

主人の御為に命を捨つる段になりて、へろへろとなられ候。香ばしき事少しもなし。


二、現代語訳(逐語)

自分が42歳のとき、主君・光茂公が亡くなられた。
そのとき私は京都にいたが、なぜか急に帰国したくなり、不思議な因縁を感じて、三条西家の家人に頼んで『古今伝授』を届ける名目を得、急ぎ下向して、主君の最期に間に合った。

かねてより「この家において真の家臣は自分だ」と思い込んできた一念が、神仏によって導かれたのかもしれない。
これといった功績もなかった自分だが、せめて主君のご最期に間に合い、世間に「お供する者がいた」と示すことで、主君の恥にならぬよう務めたかったのだ。

主君の死にあたって、何人もの高官・有能者が、あっという間に新たな主君に乗り換えた。
首尾よいときは分別・芸能をもって重用され、忠義を誇っていた者たちが、いざ命を賭して仕えるべき局面においては「へろへろ」となり、なんの香ばしさ(誉れ)もなかった。


三、用語解説

用語解説
被官(ひかん)主君に仕える家臣。ここでは「自分こそが真の家臣である」という意識。
古今伝授和歌や文学の秘伝。文化的使命を利用して帰国の大義を得た。
御外聞外から見た家の評判・名誉。主君の死に「誰もお供しなかった」とあっては名誉を損なう。
香ばしき事誉れある行為。武士道的な美しさ・気品あるふるまい。

四、全体の現代語訳(まとめ)

主君・光茂の死に、殉死は禁止されていたが、常朝は心のなかで「自分一人でもお供する」という覚悟をもち、勤めを辞し、出家して隠棲した。
彼が最期に間に合ったのは、まさに「志が天に通じた」とすら思える出来事であり、それは常朝にとって生涯の誇りでもあった。

一方で、表面上は忠義に厚いと思われていた者たちが、主君の死とともに掌を返し、次の権力に乗り換える様を見て、深い失望を抱いた。
この経験を通して、「忠義とは状況によって揺らぐものではなく、死に際してこそ真価が問われる」という常朝の哲学が浮かび上がる。


五、解釈と現代的意義

1. 忠義とは、結果ではなく「一念」である

常朝は「何の功績もない」と自らを語りながらも、「自分ひとりでも主君の名誉を守る」という覚悟を貫いた。この姿勢は、行動よりも志の純度に重きを置いた価値観を示している。

2. 人の真価は、逆境でこそ現れる

出世時や繁栄時には忠義を語り、才覚を誇る者が多いが、主君の死という試練の場でこそ、その人間の本質が明らかになる――これは常朝の激しい人間観察である。

3. 主君(上司・組織)を支えるとは何か

権力が変われば態度も変える人間ではなく、「あなたの名が地に落ちぬよう、私が残ります」という発想は、現代においても尊敬されるリーダーシップと忠誠心である。


六、ビジネスにおける解釈と適用(個別解説)

項目解釈・適用例
組織への忠誠栄光のときだけでなく、苦境・人事異動・トラブルのときこそ忠誠の真価が問われる。
リーダーシップの継承前任者の意志・価値観をきちんと引き継ぎ、過去を尊重する姿勢が組織文化を守る。
真の人間関係利得や損得ではなく、「共に歩んできた歴史」を大切にすることが信頼の基盤。
若手育成功績ではなく「志を持ち、背負う覚悟」をどう育てるかが、将来の幹部養成の鍵となる。

七、心得まとめ

  • 忠義とは、最後の時にどれだけ残れるかで測られる。
  • 志ある者は、他人が去るときにこそ一歩を踏み出す。
  • 権力や栄光に集まる者よりも、沈む船に残る覚悟を持つ者が真の支えである。
  • 常朝の言う「自分一人でも主君を支える」という一念は、現代においても「理念に殉ずる覚悟」「信義を通す美徳」として通用する。
  • 立場がなくとも、忠義は心にあり。誰に見られずとも、名誉は守れる。

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