一、章句(原文)
七年不姪したるが、病気終に発らず、今迄存命仕り候。薬飲みたる事なし。また小煩ひなどは、気情にて押したくり候。今時の人、生付弱く候処に、姪事を過す故、皆若死をすると見えたり。たはけたる事なり。
二、現代語訳(逐語)
病気になってから養生するのは、第二段の策であり、すでに劣る方法である。難しいものである。
仏教者が形にこだわって議論をするように、医師もまた、病気になる前にその原因を断つことを理解していないように見える。
私は自らの体験によって、この道理を知った。方法は、飲食と性欲を慎み、日々灸をすえるというものである。
私は父が高齢になってからの子で、水分が少なく虚弱であったため、医師には「二十歳まで生きられまい」と言われていた。
それゆえ、「このまま奉公も果たせず死ぬのは無念。ならば、生きてやろう」と決意し、七年間、禁欲を貫いた。
結果、病気ひとつせず、今日まで健康に生きている。薬もほとんど飲んだことがない。
ちょっとした体の不調も、気力で跳ね返してきた。
今の人々は、もともと虚弱なうえに房事(性行為)を過ごすから早死するのだ。愚かなことだ。
医師たちに伝えたいのは、病人でも半年から一年、禁欲を守れば自然と治るということである。
大抵の人は体が弱いのだ。その根本原因を絶てないのは、情けないことである。
三、用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
養生 | 健康を保つ生活習慣。ここでは「事後的対処」ではなく「予防」を意味する。 |
不姪(ふぜつ) | 性欲を断つこと。房事を慎む生活。 |
気情 | 気力・精神力。ここでは自己免疫的な意思力として使われている。 |
虚弱 | 生まれつきの体の弱さ。 |
腑甲斐なき | 意気地がない、ふがいない。 |
四、全体の現代語訳(まとめ)
病気とは、なる前に防ぐものであり、なってからの対応はすでに「下策」である。
常朝は医師から「二十歳までもたぬ」と言われるほど虚弱だったが、「死ぬ前に奉公を果たしたい」という強い志のもと、七年間の禁欲と節制を貫いた。
その結果、病気にかかることなく、薬に頼ることもなく、体調の不調も気力で乗り越えてきた。
現代人の若死の原因は「生まれつきの虚弱」ではなく、「節制の欠如」にあると見抜いている。
五、解釈と現代的意義
この章句は、一見して医療批判のように読めますが、実は**「自己管理」こそが人生の根本である**という思想の表明です。
主なポイント:
- 「健康」は運命ではなく、「志」と「習慣」によって築くもの。
- 本当の鍛錬とは、外ではなく内面の衝動を制御することにある。
- 志があれば、虚弱体質さえも克服できるという強い人間観。
- 現代の「気軽に薬」「快楽優先」の生活習慣への警鐘でもある。
六、ビジネスにおける解釈と適用(個別解説)
項目 | 解釈・適用例 |
---|---|
セルフマネジメント | 食事・運動・性欲・睡眠など、生活習慣の管理がパフォーマンスの基礎となる。 |
継続力・節制 | 快楽に流されない精神力が、長期的成功の土台となる。 |
予防の重要性 | 問題が顕在化する前に兆候をつかみ、早期に手を打つ姿勢が「仕事の養生」である。 |
若手への教育 | 精神的にも肉体的にも「鍛える」前に「整える」ことが、生き抜く力になる。 |
七、心得まとめ
- 健康も人生も、制する力=志を守る力がなければ続かない。
- 体の不調より、心の弛緩が真の病根である。
- 自らの弱さを言い訳にせず、「何としても生きてみせる」と志を立てよ。
- 節制とは、自分の力で自分を育てる最良の手段である。
- **現代においての禁欲とは、「誘惑に流されない構造を日常に持つこと」**である。
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