一、原文の引用と現代語訳(逐語)
原文抄(聞書第二より)
夢の世とは、よき見立なり。悪夢など見たる時、早く覚めよかしと思ひ、夢にてあれかしなどと思ふ事あり。今日もそれに少しも違はぬなりと。
現代語訳(逐語)
- 「この世は夢」という見立ては、実にうまい言い方だ。
- たとえば悪夢を見たとき、「早く目が覚めればいいのに」と思うように、現実にも「これは夢であってほしい」と願うことがある。
- 今の時代はまさにそれと同じで、夢としか思えぬ混乱や迷妄に満ちている。
二、用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
夢の世 | この世(現実世界)を夢にたとえる表現。仏教的には“無常”や“幻影”の比喩でもある。 |
見立(みたて) | 現象や比喩の本質を捉える、鋭い言葉遣いや視点。美意識・風流ともつながる表現法。 |
夢にてあれかし | 「これが夢であってほしい」と願う心情。 |
三、全体の現代語訳(まとめ)
「この世は夢だ」というたとえは、まさに的を射ている。
私たちは悪夢を見たとき、「早く目覚めたい」と思うし、現実に悲惨な出来事があると「これは夢であってほしい」と願う。
今の時代もまさにそうで、夢のように混乱し、理不尽なことがまかり通っている。だからこそ、そこから“目を覚ます”ことが大切なのだ。
四、解釈と現代的意義
この章は単なる夢想や逃避ではなく、現実が夢のように“曖昧で曇っている”状態にあるときこそ、覚醒の必要性を説いているのです。
- 夢(=混乱した現実)に流されてはならない
- 覚める(=本質を見抜く)ことが武士に求められる
- つまり、“目覚めた者”として、自分を律し、世の乱れに流されずに生きよ
常朝が生きた元禄の泰平期は、物質主義・快楽主義に満ち、「志なき世」と化していました。彼はその中で、まるで夢のようにぼんやりした人間の在り方を戒めたのです。
五、ビジネスにおける解釈と適用(個別解説)
項目 | 解釈・応用 |
---|---|
現状把握とリーダーシップ | 社会や組織が惰性や幻想に支配されているとき、「これでよいのか?」と目を覚ます感性が求められる。 |
危機対応 | 問題に直面したとき、「これは現実か?希望的観測ではないか?」と自問し、迅速な行動に移せる人物こそ信頼される。 |
ミッションの再確認 | “夢=利益・数字・承認欲求”のなかに溺れていないか。志と使命に立ち返ることで“覚醒”が起こる。 |
ライフデザイン | 成功や安定に見える状態でも、「これは真に価値あるものか」と時折自分に問い直す“目覚めの習慣”が重要。 |
六、補足:『葉隠』と“夢”のメタファー
この章句は、仏教思想の影響が強く、「現実世界の無常性=夢」という発想に根差しています。
常朝の思想は決して悲観的ではなく、むしろ、
夢のような世にあっても、目覚めた者として生きよ。
という覚悟の勧めに貫かれています。
夢に酔わず、夢から醒め、理と志を持って歩め――それが武士道の本質だということです。
七、まとめ:この章が伝えるメッセージ
- この世は夢に似ているが、それに呑まれてはならない。
- 悪夢のような時代にこそ、「目を覚ます者」が必要だ。
- 夢に揺らがぬ覚者となり、己の道を見失うな。
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