一、原文の引用と現代語訳(逐語)
原文抄(聞書第一より)
志田吉之助、生きても死にてものこらぬ事ならば、生きたがましと申し候。志田は曲者にて、戯れに申したる事にて候を、生立者ども聞き誤り、武士の疵に成る事を申すべくやと存じ候。
この追句に、食はうか食ふまいかと思ふものは食はぬがよし、死なうか生きやうかと思ふ時は死んだがよしと仕り候。
現代語訳(逐語)
- 志田吉之助は「生きても死んでも同じならば、生きた方がましだ」と語った。
- これは冗談として言ったことであり、周囲の若者たちが誤解し、「武士にあるまじき発言だ」と非難した。
- しかし続きの言葉には、「食べようか食べまいか迷うなら、食べない方がよい。死のうか生きようかと迷うなら、死んだ方がよい」とある。
二、用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
曲者(くせもの) | 一筋縄ではいかない人物。風変わりで独特な言動をする人。 |
生立者(おいたちもの) | 若輩者、未熟な者のこと。物事の本質を見誤る存在として描かれている。 |
疵(きず) | 武士としての名誉を傷つける言動や行動。 |
三、全体の現代語訳(まとめ)
志田吉之助という人物が「生きても死んでも同じなら、生きた方がいい」と言ったという話があり、それが「武士らしくない」と後世に非難された。
だが、それは冗談であり、続きの文脈を理解すれば本質がわかる。
志田は「迷ったときこそ“退かぬ判断”を下せ」と言っており、食事であれば“食べない”、生死であれば“死ぬ方を選べ”という、極端だが芯のある哲学を持っていた。
この思想は、“迷い”がもっとも危険であり、武士たる者は即断・即決すべきであるという教えとつながっている。
四、解釈と現代的意義
この章は、表面的には奇人の発言として扱われているものの、核心は**「迷いと決断」**です。
常朝が肯定しているのは、志田の言葉の背後にある “曖昧を断つ精神” です。
現代でも私たちは、次のような問いに直面します:
- 「転職すべきかどうか」
- 「撤退すべきか挑戦を続けるべきか」
- 「提案すべきか沈黙すべきか」
このときに求められるのは、**「確信をもって決める力」**です。
迷うということは、すでに心が傾いており、それを引き延ばすことは、行動の遅れ=失敗に直結する。
志田の「食うか迷えば食わず、生きるか迷えば死ぬ」は極端ですが、それは迷いに対する最大限の警告であり、「決めかねる状態」こそ武士にとって致命的であるという思想です。
五、ビジネスにおける解釈と適用(個別解説)
項目 | 解釈・応用 |
---|---|
意思決定 | 「迷ったらやらない/やる」ではなく、「決断に踏み切ることそのもの」が重要。優柔不断が最大のリスクとなる場面も多い。 |
リーダーシップ | 判断の曖昧さは部下を混乱させる。「決めきる胆力」が信頼をつくる。 |
プロジェクトマネジメント | 撤退・継続の判断を曖昧にせず、迷ったら「目的」に立ち返り、行動を明確にする。 |
戦略立案 | 情報を集め過ぎて迷うよりも、“選ばなかった道を捨てる覚悟”が成果につながる。 |
六、補足:志田吉之助という存在の意味
常朝は、奇人・志田の言動を「単なる変人のもの」として退けるのではなく、武士道における“逆説的真理”を体現する者として肯定的に評価しています。
- 「命惜しさに夢中で賊を斬った」=本当の勇気とは計算されたものではない。
- 「着物の傷は直らぬ」=体の傷よりも名誉を重んじる精神。
志田は、世俗に染まらず、常識にとらわれず、自らの感覚と矜持だけで生きた「野の哲人」でした。
七、まとめ:この章が伝えるメッセージ
- 迷うなら、捨てよ。選ばぬことが“武士の傷”となる。
- 即決の気迫こそ、真の覚悟を映す。
- 奇人の言葉にこそ、真理が隠されていることがある。
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