一、原文の引用と現代語訳(逐語)
原文抄(聞書第一より)
大器は晩成といふ事あり。二十年三十年して仕果する事にならでは、大功はなきものなり。
奉公も急ぐ心ある時、我が役の外に推参し、若巧者といはれ、乗気さし、がさつに見え、出来したて功者振りをし、追従軽薄の心出来、後指ささるるなり。
修行には骨を折り、立身する事は人より引立てらるるものならでは、用に立たざるなり。
現代語訳(逐語)
- 「大器は晩成する」という言葉がある。二十年、三十年かけて成し遂げるものでなければ、大きな成果とは言えない。
- 奉公においても、焦ると自分の役割以外に出しゃばり、「若くて敏腕」などと呼ばれて調子に乗り、軽薄な行動をとってしまう。
- やがて追従や浮ついた気持ちが現れ、最終的には周囲の評判を落とすことになる。
- 真の昇進とは、自ら求めるものではなく、人から自然に引き立てられるものである。
二、用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
大器晩成 | 大きな器量の者は、時間をかけて完成される。急成長しないが、本質的に偉大な人物の特徴を示す。出典は『老子』。 |
推参(すいさん) | 招かれていないのに勝手に出向くこと。自ら出しゃばること。 |
若巧者(わかこうしゃ) | 若くして器用に立ち回る者。褒め言葉でもあるが、軽薄さへの警戒が込められている。 |
後指ささるる | あとで陰口をたたかれる、評判を落とすという意味。 |
三、全体の現代語訳(まとめ)
大きな成果や成功は、短期間では得られない。二十年、三十年とかけて、じっくりと修行・努力を積み重ねることで初めて果たされるものである。
奉公においても、焦って自分の役割以上に出しゃばると、周囲からは一時的に評価されるかもしれないが、やがて軽率さや浮つきが露見し、かえって信頼を損なってしまう。
本当に価値のある立身は、自ら奪い取るものではなく、周囲から「この人なら」と引き立てられることで成るべきものである。
四、解釈と現代的意義
この章は、現代のキャリア論やリーダー論にも非常に響く内容です。
とくに、「スピード出世が必ずしも良いとは限らない」「成功には“内なる成熟”が必要だ」という思想は、現代においてこそ価値を持ちます。
■ 出世に焦ると「パフォーマンス主義」に陥る
■ 実力を蓄えるよりも「目立つ」ことに偏る
■ 評価は“受けるもの”であり、“狙うもの”ではない
『葉隠』はこうした功名主義への警鐘を、静かに、しかし力強く鳴らしているのです。
五、ビジネスにおける解釈と適用(個別解説)
項目 | 解釈・応用 |
---|---|
キャリア成長戦略 | 短期間の昇進や肩書きに囚われず、20〜30年単位で自分を磨き続ける長期視点が重要。 |
リーダーシップ | 自ら引っ張る前に、信頼と影響力を育てる。求められてから立つ“後ろからのリーダー”像が理想。 |
チームビルディング | 若手の勢いや積極性を否定せず、焦らず熟すことの価値を伝える育成指針を持つ。 |
パフォーマンス評価 | 表層的な“敏腕ぶり”よりも、地道に貢献し周囲からの信頼を集める人材を重視する評価設計が望ましい。 |
六、補足:「大器晩成」という言葉の本意
『老子』の原義では、「大きな器は、完成されているように見えない」
つまり、目立たず、音もなく、形にもならないものこそ本物であるという逆説的な知恵が込められています。
常朝がこの言葉を引用したのも、“静かなる力”や“奥ゆかしさ”を重んじる武士道の気風を伝えるためでしょう。
七、まとめ:この章が伝えるメッセージ
- 焦りは過信を生み、過信は破綻を招く。
- 本当の力とは、自然と周囲が引き立てたくなるもの。
- 成功とは、奪うものではなく、育つもの。
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