一、原文の引用と現代語訳(逐語)
原文抄(聞書第二より)
皆人気短か故に、大事をなさず仕損ずる事あり。何時までも何時までもとさへ思ヘば、しかも早く成るものなり。時節がふり来るものなり。
今十五年先を考へて見給へ。さても世間違ふべし。…今時御用に立つ衆、十五年過ぐれば一人もなし。今の若手の衆が打つて出ても、半分だけにてもあるまじ。
…金払底すれば銀が宝となり、銀が払底すれば銅が宝となるが如し。時節相応に人の器量も下り行く事なれば、一精出し候はば、ちやうど御用に立つなり。
名人多き時分こそ、骨を折る事なれ。世間一統に下り行く時代なれば、その中にて抜け出づるは安き事なり。
逐語現代語訳
- 多くの人は気が短いため、大事を成し遂げられずに終わる。
- 「何年かかってもやり遂げる」と構えれば、かえって早く成るものだ。時節はめぐってくる。
- たとえば十五年先を想像してみよ。今活躍している人々の多くは退き、世の中は様変わりしているはずだ。
- 貴金属のように、金がなくなれば銀に価値が生まれ、銀がなければ銅にも価値が出る。人の器量も時代に応じて下がるのだから、少し努力するだけで抜きん出られる。
- 名人が多い時代は頭角を現すのが難しいが、全体が下り調子の時代は、かえって登る者が目立ちやすい。
二、用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
気短か(きみじか) | 忍耐力がなく、すぐ結果を求める性格のこと。 |
払底(ふってい) | 物がすっかり無くなること。 |
精出し候はば | 力を尽くして努力すれば。 |
御用に立つ | 実務で活躍し、役立つ存在になること。 |
名人多き時分 | 人材が豊富で競争の激しい時代。 |
三、全体の現代語訳(まとめ)
人はすぐに結果を求めるが、粘り強く続ける者こそが大成する。世の中は十五年も経てば様変わりするもので、今の名士たちも姿を消し、今の若者がその座に立っているだろう。しかも、その中の半分すら残っていないかもしれない。
人材の質が下がる中で、わずかに努力すれば、かえって抜きん出ることができる。名人が多い時代よりも、凡人ばかりの時代の方が、努力する者にとってはチャンスとなる。だからこそ、悪い時代を嘆くのではなく、好機と見て自分を鍛えることが大切だ。
四、解釈と現代的意義
この章は「逆境の時代」を生きる人々への強い励ましです。
山本常朝は、「時代が悪い」「世の中が堕落した」と嘆くだけではなく、その堕落の中にこそ、志ある者が立てる余地があると喝破します。
- 「悪い時代」は、実力者にとってチャンスである。
- そして、成果とは“気長に続けた者”が最終的に勝ち取る。
これは現代においても、景気低迷期や混乱の時代、AI・技術革新に揺れる過渡期などで、自分の信念を持ち鍛錬を重ねる者へのエールになります。
五、ビジネスにおける解釈と適用(個別解説)
項目 | 解釈・応用 |
---|---|
キャリア形成 | 若いうちに結果を急がず、10年・15年後に備えて地道にスキルを積み上げる姿勢が、長期的な成功につながる。 |
逆境でのリーダーシップ | 組織や市場が混迷する時期は、軸のある者・努力を継続できる者にとって好機。逆境こそ抜きん出るチャンス。 |
戦略設計 | 「人材の質が下がる」=「競争が緩む」環境では、少しの工夫や成長でも目立つ。“悪い時代に仕込む”ことが未来への布石。 |
若手育成 | 先行きが不透明な時代だからこそ、「短期的成果よりも継続と耐性」を重視した育成方針が必要。 |
六、補足:十五年の先を見よ
常朝が語った「十五年」という期間は、実際に一世代が入れ替わる周期として現代にも通じます。
- 15年後には環境も、人も、自分自身も大きく変わっている。
- だからこそ、今は成果が出なくても、「鍛える時期」として意味がある。
この考え方は、「今がどんな時代か」ではなく、「自分がどんな姿勢でいるか」が人生を決めるという根源的な思想に結びつきます。
七、まとめ:この章が伝えるメッセージ
- 「悪い時代」=「好機の時代」である。
- 世の質が落ちたと嘆くな、自分が質を上げればよい。
- 短気は成果を遠ざけ、粘りが好機を引き寄せる。
- 変化する未来を見据え、今日から鍛える者が勝者となる。
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