一、原文の引用と現代語訳(逐語)
原文抄(聞書第二より)
今時の衆、「陣立てなどこれなく候て仕合せ」と申され候。無嗜みの申分にて候。
わづかの一生の内、その手に会ひたき事に候。寝産の上にて息を引切り候は、まづ苦痛堪へがたく、武士の本意にあらず、古人は別して嘆き申したる由に候。討死ほど死によき事はあるまじく候。
右体の事申す衆に一言申す事々しき老人など申され候時は、まぎらかし候て居り申す事も候が、脇より心ある人間き候はば、同意のやう存ずべく候へば、障らぬやうに一言申すべきは、
「左様にてもこれなく候。今時分の者、無気力に候は無事ゆゑにて候。何事ぞ出来候はば、ちと骨々となり申すべく候。昔の人とて替るはずにてこれなく候。よしよし替り候ても昔は昔にて候。今時の人は、世間おしなべて落ち下り候へば、劣り申すべき謂はれこれなく候」
などと、一座を見量り申すべき事に候。誠に一言が大事の物となり。
逐語現代語訳
- 「戦など経験せずに済んでありがたい」などと語る若者を、心得違いだと非難する老人がいる。
- こうした発言には同調せず、話をうまく受け流すのがよい。
- ただし、傍に心ある者がいれば、誤解されないように一言付け加えることが肝要である。
- 「今の若者が気骨に欠けるのは、戦も乱もなく平和だからであり、もし事が起これば、きっと奮い立つはずだ。過去と今の人間に、そう大きな違いはない。違いがあるとしても、それは“時代”の違いなのだ」と語るようにせよ。
二、用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
討死(うちじに) | 戦場で命を落とすこと。名誉ある最期とされた。 |
寝産の上にて息を引き切る | 畳の上で病死すること。名誉を得られぬ死に様とされた。 |
無嗜み(ぶしなみ) | 武士らしくない、心得違いのこと。 |
骨々(ほねぼね) | 骨太なさま。気骨や勇気、根性を持つこと。 |
かへりまちもなし | 芯や軸のない“根無し草”状態。 |
三、全体の現代語訳(まとめ)
時代によって人々の気風や行動様式は変わる。それをもって「最近の若者は…」と嘆くのは簡単だが、それは的外れである。平和な時代に生きる者が穏やかであるのは自然なことであり、いざ事が起これば、彼らもまた気骨ある行動を見せるだろう。個人の資質というよりも、むしろ時代そのものが人をつくるのであり、過去の人間と今の人間に本質的な差はない。
四、解釈と現代的意義
この章は**「時代環境と人物評価」**に対する鋭い洞察を与えています。
山本常朝は、時代の違いを理解しないまま「今の若者はなっとらん」と決めつける態度を冷静に戒めています。
その一方で、旧弊な人物に対してわざわざ対立的に反論するのではなく、その場の空気を読みながら“誤解を避ける一言”を添える配慮を説いています。
これは単なる「価値観の違いの容認」ではなく、**時代の本質を見抜いた上での「対人知」と「場の調和」**の心得です。
五、ビジネスにおける解釈と適用(個別解説)
項目 | 解釈・適用 |
---|---|
世代間コミュニケーション | 若者世代や新参者に対し、「昔はこうだった」と押しつけるのでなく、時代背景や環境の違いを踏まえて対話する。 |
リーダーシップ | “硬派な理想論”をふりかざすのではなく、状況や周囲に応じて柔軟な発言を心がける。 |
組織文化の刷新 | 変化に富んだ今の時代に適応できない“旧来の精神論”は、時に若い世代を萎縮させる。時代に即した文化を再構築することが重要。 |
チーム運営 | チームに多様な年齢層や価値観が存在する場合、「意見の違い」に鋭く反応せず、その場に応じた橋渡しの一言が、関係を円滑にする。 |
六、補足:常朝の「対人知」としての処世術
本章では、山本常朝が**“武士道”の教えに堅く従う一方で、極めて柔らかいコミュニケーション能力**を持っていたことが読み取れます。
- ただ正論をぶつけるのではなく、場に応じて受け流す。
- 相手を立てつつ、自分の信条を一言で表現する。
これは現代の「ダイバーシティ」「対話重視」の考え方とも響き合います。
七、まとめ:この章が伝えるメッセージ
- 人が違うのではなく、時代が違う。
- 正論よりも、一言の“橋渡し”が人間関係を救う。
- 変化に対応できる柔軟な姿勢こそ、現代の武士道である。
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