一、原文(抄出)
「草軽作り候や。この細工成らざる者は足もたずなり」
「一人一升づつの兵糧を袋に入れ、付けさせ候。向より直ちに出陣の仕組なり」
「草軽はすべり候。足半よく候となり」
「かねて心にかけ用意あるべき事なり。もつとも作り習ひ候はで叶はざる儀なり」
二、書き下し文(要所)
父・神右衛門は草履(わらじ)作りの名人であった。家臣を採用する際にも、「わらじを作れぬ者は足がないのと同じだ」とまで語った。
また、城下から一里を出る際には、必ず一人一升の兵糧米を袋に入れて持たせ、その場からすぐ出陣できる備えを怠らなかった。
履き物は戦において最も重要な装備であり、太閤秀吉も家康も、鞘にわらじや半わらじをぶら下げて行軍したという。
長崎出動などの際には、藩内の草履がすべて消えるほど需要が集中することからも、平時の準備の重要性が分かる。
芝原や山道、川中などではわらじは滑りやすく、半わらじのほうが有効であるため、状況に応じた装備の工夫も求められる。
三、逐語現代語訳
- 「草軽作り候や」:わらじ(履き物)を自ら作ることができるか?という実践的な技術の確認。
- 「この細工成らざる者は足もたず」:この技術がなければ、行動力の土台(=足)すら持っていないという意味。
- 「一升づつの兵糧」:各人に非常用の食糧を持たせることで、臨機応変な出動が可能になる。
- 「足半」:かかとのない半わらじ。険しい場所では通常の草履よりも滑らず実用的。
四、用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
草軽(くさがる) | 草履・わらじなどの履き物のこと。 |
足半(あしなか) | 半分の草履。特に足場の悪い場所で滑りにくく、機動性に優れる。 |
一升の兵糧米 | 約1.5kgの米。緊急出動時の最小単位の備蓄。 |
浅黄木綿 | 食糧や装備を入れる袋の布地の色。あらかじめ多数準備していた。 |
治にいて乱を忘れず | 平和なときこそ、非常時への備えを怠らないこと。 |
五、全体現代語訳(まとめ)
戦の最中に最も重要なのは足元=履き物である。平時から「自分の足(行動力)」を守る手段としてわらじを作ることを習得し、兵糧も常に一升ずつ携帯して、出先からの即応出陣に備える。
また、環境に応じた装備の違い(滑りにくい半わらじなど)を認識し、自らが判断・準備できるようになることが、真の武士としての備えである。
六、解釈と現代的意義
この章句の核心は、「戦いのときに備えを整えるのでは遅い」という戒めにあります。
前神右衛門は、地味な日常行動(履き物づくり・米の携行・袋の準備)こそが生死を分けると理解していたのです。
現代の仕事や組織においても、トラブル対応力、突発対応、出張や危機管理など、平時の習慣や訓練こそが結果を決する場面は非常に多くあります。
そしてそれは、「誰かがやってくれる」という依存ではなく、自らが手を動かす覚悟と技術を持ってこそ成立するものです。
七、ビジネスにおける応用(実践項目)
項目 | 解釈・応用 |
---|---|
備品・道具の管理 | ツール・物品の予備を常に整備する。問題が起きてからでは遅い。 |
ナレッジ・技能の自習 | 他人に頼らず、自分の手で操作・管理できる技術を備えておく。 |
非常時対応のシミュレーション | 災害・事故・トラブル時の行動を定期的に検証しておく。 |
状況に応じた判断力 | 「通常の方法が通用しない場面」での代替策を日頃から想定しておく。 |
自律的な人材育成 | 新人であっても「いざというとき、自分一人で動ける」訓練が求められる。 |
八、心得まとめ
「平時の怠りが、乱時の命取り」
本当に戦える者は、戦場で慌てない。
それは、日々の小さな積み重ねが、一歩の差を生むからである。
わらじ一足、米一升、袋一枚――そうした備えを怠らぬ者こそ、乱に勝つ。
「備えは知識ではない。習慣であり、手が動く技術である」。
この章句は、地味で実務的であるからこそ、現代社会でも「備えの思想」として直結しやすいものです。
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