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慢心こそ最大の敵 ― 恵まれぬ時こそ、骨を作れ


一、原文(抄出)

「奉公人の禁物は、何事にて候はんや」と尋ね候へば、大酒・自慢・奢りなるべし。
不仕合せの時は気遣いなし。ちと仕合せよき時分、この三箇条あぶなきものなり。
人の上を見給へ、やがて乗気さし、自慢・奢りが付きて散々見苦しく候。
それゆゑ、人は苦を見たるものならでは根性すわらず、若きうちは随分不仕合せなるがよし。
不仕合せの時草臥るる者は、益に立たざるなりと。


二、書き下し文(要所)

奉公人にとっての禁物とは、大酒(たいしゅ)・自慢(じまん)・奢り(おごり)である。
不運な時期はむしろ問題ない。ほんの少し幸運に恵まれたときこそ、これらの落とし穴に落ちやすい。
人の上に立つようになると、すぐにいい気になって、自慢や奢りが目立ち始め、やがて見苦しい存在になる。
よって、人は苦労を知った者でなければ、本当の意味での根性は育たない。
若い頃に恵まれない経験をすることはむしろ良いことだ。
もしもその不運に心が折れてしまうようでは、将来の役には立たない。


三、逐語現代語訳

  • 「大酒」:度を越した飲酒。節制の欠如。
  • 「自慢」:自らの手柄や才覚を誇示すること。他人に対する優越意識。
  • 「奢り」:贅沢・自己満足・特権意識をもったふるまい。

つまり、奉公人(仕える者・働く者)が避けるべきは、成功後に気が緩んで身を崩すこの三要素であり、それは特に「少しうまくいき始めたとき」に現れる。


四、用語解説

用語意味
奉公人主君に仕える者。現代でいえば会社員・部下・社会人一般。
不仕合せ(ふしあわせ)不遇なこと。困難や苦境。
草臥る(くたびる)疲れ果てる。意気が折れる。
益に立たず組織や社会に貢献できない。無益な存在となる。

五、全体現代語訳(まとめ)

奉公人にとっての最大の禁物は、「大酒・慢心・贅沢」である。
不遇なときは問題にならないが、少し運に恵まれると、これらが現れやすい。
自慢や奢りを身につけた者は、やがて見苦しい存在となり、人心を失う。
だからこそ、若いときに苦労して、地に足をつけた根性を養うべきである。
そして、苦労の中で折れてしまう者は、結局、何の役にも立たないのである。


六、解釈と現代的意義

この章は、「栄える者ほど危うい」という逆説の真理を鋭く突いています。
特にビジネスパーソンにとっては、出世・成果・承認が得られた“その瞬間”こそ、人格の試練が始まるということを忘れてはならないという戒めです。

常朝は「不運=悪」ではなく、「不運=修行の機会」と捉えており、
現代にも通じる逆境による人格形成論を提示しています。


七、ビジネスにおける応用(実践項目)

項目解釈・応用
昇進後の心構え成果や昇進を得た直後こそ、謙虚さ・節度・慎みを保つことが求められる。
若手育成苦労や失敗をあえて経験させることが、骨太な人材を育てる。過保護は害。
メンタル耐性不遇のときに踏ん張れる力を養うことで、真に成長できる。
リーダーの風格「奢り」「自慢」を周囲が感じた瞬間、リーダーの信頼は損なわれる。
節制の美徳酒・浪費・自慢話を避けることは、人格を滲ませ、信頼を呼ぶ。

八、心得まとめ

「栄光の直後に、最初の敗北が潜む」

奉公人(=働く者)が最も危ないのは、出世した瞬間、結果が出たときである。
慢心・大酒・贅沢に溺れれば、それまで築いたものは一気に崩れる。
人は苦しみを知ってこそ、真に人間としての芯が育つ。
若き日の苦労は、未来の胆力の種である。

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