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別れの時こそ、魂の誇りを貫け


一、原文と逐語訳

原文(聞書第四)

御気分御差詰めにて、御前様御暇乞にお出でなされ、御枕元に寄らせられ、
「さてさて、日出度き御臨終にて候。御一生落度なく弓矢の御働き、国家をお固め、子孫数多お持ち、家督をもお譲り、八十におよび御成就は比類なきお仕舞に候。この上は少しも思召し残さるる事はこれあるまじく候。ただ今御暇乞仕り候」
と、高声に仰せられ候。
お傍に、お長様御座なされ候が、御落涙なされ候を、御前様はたとおにらみ、
「いかに女なればとて、物の道理を聞分けず、末期の親に涙を見せ申すものか」
と、あららかにお引立て、御内にお入り遊ばされ候由。

現代語訳(逐語)

殿様(勝茂公)の容体が悪くなったとき、奥方様が最期の別れのために枕元に参じた。
そして、はっきりとした声でおっしゃった。

「なんとおめでたいご臨終でございます。生涯、失敗もなく、武勇を尽くされ、国を安定させ、多くの子孫を得て家督を譲られ、八十歳で悟りの境地に至るとは、まことに比類なき最期でございます。このうえは思い残すこともないでしょう。これにてお別れいたします」

このとき、そばにいたお長様(勝茂の娘)が涙を流していたが、奥方様は鋭くにらみつけ、

「たとえ女といえども、道理をわきまえず、死にゆく親の前で涙を見せるとは何事か」

と叱りつけて、手荒に奥の間へ連れて行かれたという。


二、用語解説

用語解説
御気分御差詰めにて容態が急変し、臨終が近い様子。
御暇乞(おいとまごい)別れの挨拶、辞去の儀礼。
弓矢の御働き武士としての戦功、武勲。
御成就成し遂げた人生の完成、悟りの境地。
あららかに荒々しく、手荒に。

三、全体の現代語訳(まとめ)

藩主勝茂が臨終の際、奥方は毅然とした態度で別れの言葉を述べた。
彼の人生を「比類なき見事な成就」と讃え、涙ではなく誇りと礼節で見送ったのである。
娘のお長が涙を見せると、奥方は「死にゆく者に涙を見せるべきではない」と強く諌めた。
別れの場面でも、感情よりも武家の誇りと理を優先させた毅然たる態度が印象的である。


四、解釈と現代的意義

この話には、以下のような教訓が含まれています。

  • 別れの場でも礼と誇りを失わぬ心:悲しみを見せることは自然だが、相手を思えばこそ、立派に送り出すという「気構え」が必要。
  • 死を受け入れる理性と文化:奥方は「生涯に悔いなし」と断言し、死を「完成された人生の終章」として讃えた。
  • 感情に流されない美意識:武家社会では、感情よりも「道理」「様式」「誇り」が重んじられた。それが美徳だった。

五、ビジネスにおける解釈と応用

ビジネス状況応用・教訓
退職・引退の場面感傷に浸るだけでなく、その人の功績を正しく評価し、立派に送り出す文化を育てる。
リーダーの勇退責任の引き継ぎや功績の記録を「最後の美学」として整える。
ピンチの時の態度動揺したときこそ、周囲を叱咤激励できる冷静さと誇りが求められる。
感情マネジメント感情に押し流されず、「場の目的」に沿った行動を選ぶ判断力を持つ。

六、まとめ:この章句が教えるメッセージ

  • 人の最期を「めでたい」と言い切れるのは、誇りある人生を生きた者への最大の賛辞。
  • 感情をコントロールし、「美しい別れ」を演出できることもまた、生き様の延長である。
  • 真のリーダーシップとは、最期のときにおいても周囲を律し、正気と誇りを保てる姿勢に宿る。

目次

🔚現代への置き換え:

「去る者への礼儀は、感傷でなく誇りをもって。」――“涙で見送るより、背筋を伸ばして見送れ。”


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