一、原文の引用と現代語訳(逐語)
原文(抄)
自火の仕組、公私ともにかねて仕置くべき事なり。歴々お大名方にても、自火の時、外聞悪しき事これ有り候。
肝要は諸道具一色も直し申さず、焼捨て候覚悟にて、粉骨火を消し、手に及ばざる時、丸焼仕り候へば、仕損有るまじく候。
いかやうの急火にても、うろたへ申さず候はば身持への間これ無き事はあるまじく候。
かねがね家内の男女ともに、よく申聞かせ召置かるべき事に候。江戸お屋敷にても、仕組、かねがねよく有るべき事に候なり。
大事の物仕分け、直し置くべき事なり。
現代語訳(逐語)
火事に備えた対策は、公の場でも私的な場でも、日頃から整えておくべきものである。
名だたる大名の屋敷でも、自宅から火を出すのは非常に体面が悪いことである。
重要なのは、道具や持ち物を一切持ち出さず、全てを焼き捨てる覚悟で消火に努めることだ。
どうしても手が及ばないときは、すべて焼けてもやむなしと考えるのが責任の取り方である。
どんな急な火事でも、慌てなければ、最低限の身仕度を整える時間はあるものだ。
あらかじめ、家中の者すべてにしっかり言い聞かせておかなければならない。
江戸の屋敷でも、日頃から備えを万全にしておくことが肝要である。
大切な物は平常より整理・分類しておくことが必要である。
二、用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
自火 | 自宅から出る火災。現代でいう「自社起因の事故・トラブル」などに通じる。 |
外聞 | 世間体・評判のこと。名誉や信頼にも通じる。 |
諸道具一色も直し申さず | 道具類を一切取り出さずという意味。無執着を象徴する。 |
粉骨 | 身命を賭して努力すること。 |
丸焼 | 全焼。ここでは「損失を甘受する覚悟」を意味する。 |
三、全体の現代語訳(まとめ)
火事などの非常時にこそ、人の真価が問われる。
いざという時に財物や体面に執着せず、命と責任を最優先に判断・行動することが大切である。
平時から備えを怠らず、必要なものを見極めておくことで、いざという時に慌てず済む。
失う覚悟がある者だけが、真の冷静さと行動力を発揮できる。
四、解釈と現代的意義
危機管理の本質:「想定」と「覚悟」
この章句は単なる防火対策ではなく、「人は非常時に何を捨て、何を守るか」という本質的な問いを投げかけています。
現代に置き換えると、以下のような意味合いを持ちます:
- 企業における情報漏洩や炎上への備え
→ 一切の言い訳や保身をせず、まず責任を引き受ける覚悟があるか。 - 個人の失敗時における対応力
→ 評判やプライドを捨ててでも、本質的な信頼回復を目指す覚悟があるか。
「持ち出すな」は無責任ではなく、最上の責任感
道具を取りに行く=「保身・打算・執着」。
それらを断ち切って火を消す=「覚悟・責任・行動」。
結果として焼けても、「逃げなかった」という事実こそが、人の信用になるのです。
五、ビジネスにおける解釈と適用(個別解説)
項目 | 解釈・適用例 |
---|---|
クライシス対応 | トラブル時には「証拠保全」や「保身」よりもまず謝罪・対応を最優先にするべき。事後の責任は覚悟をもって背負う。 |
プロジェクトの失敗 | 失敗が見えたとき、被害最小化を優先する潔さが必要。未練が事態を悪化させる。 |
チームマネジメント | 部下やメンバーが失敗したときも、リーダーは「道具より火を消す」姿勢で矢面に立つ。 |
組織の文化形成 | 「責任を逃げずに引き受ける姿勢」が、組織全体に信頼と安心を育む。 |
六、補足:「焼き捨てる覚悟」が生む余裕と構え
この章句は同時に、余白と準備の重要性も説いています。
- 大切なものは整理しておけ
- 普段から言い聞かせておけ
- 慌てなければ何とかなる
これはすべて、現代の「災害対策」「情報管理」「心理的安全性」といった概念にも通じます。
七、まとめ:この章句が伝える心得
「真の責任者とは、焼ける覚悟で火を消す者である。」
いざというとき、執着を捨てられる人間だけが、冷静に動ける。
そして、備えと覚悟を持つ者だけが、周囲を救うことができる。
“物”や“体面”にとらわれるな。
燃え尽きることを恐れぬ者こそが、災厄から名誉を守れる。
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