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覚悟を決めれば、道は開ける

目次

一、原文の引用と現代語訳(逐語)

原文(抄)

ある山中を座頭ども十人ばかり連れ立ち通り候が、崖の上を通り候時、皆々足ふるひ、大事にかけ、胆を冷やし参り候処、真先の座頭踏みはづし、崖に落ち申し候。
残りの座頭ども声を揚げ、「やれやれかはいなることかな」と泣きさけび、一足も歩み得申さず候。
その時、落ちたる座頭、下より申し候は、「気遣ひ召さるるな。落ちたれども何の事もなし、なかなか心安きものなり。落ちぬ内は大事を思ひ、落ちたらば何とすべきと思ひし故、気遣ひ限りなく候が、今は落着きたり。各も心安くなりたくば、早く落ちられよ」と申し候由。

現代語訳(逐語)

ある山中を、十人ほどの座頭(盲目の旅芸人たち)が連れだって通っていた。
崖道に差しかかると、皆足が震え、冷や汗をかきながら慎重に歩いていた。
ところが先頭の一人が足を滑らせ、崖から落ちてしまった。

仲間たちは「なんと気の毒な!」と叫び、泣き、恐怖で一歩も動けなくなってしまった。
その時、崖下から落ちた座頭が叫んだ。
「心配するな。落ちたが、なんでもない。むしろ気楽なものだ。
落ちる前はどうなるかと不安でいっぱいだったが、いざ落ちてみれば落ち着いた。
安心したければ、早く落ちてしまえ」

二、用語解説

用語解説
座頭盲目の僧や芸人。ここでは世間的な無力者の象徴として描かれている。
胆を冷やす極度に緊張する、不安や恐怖で身がすくむこと。
心安きもの心穏やか、安心した状態。
落ちたれども何の事もなし実際に困難(災難)に遭っても思ったより大したことはなかった、という経験的示唆。

三、全体の現代語訳(まとめ)

人は「まだ起きていないこと」に対して最も強い恐れを抱く。
だが、実際にその「恐れていたこと」が起きてしまえば、案外落ち着いて対処できるということもある。
「落ちたらどうしよう」という不安が苦しみの本体であり、覚悟を決めた瞬間から、人は自由になる


四、解釈と現代的意義

この寓話には三つの核心的メッセージがあります:

  1. 「未知への不安」が最も人を縛る
    まだ起きていない「最悪のシナリオ」に怯えることで、人は動けなくなる。これは現代のストレス社会にも通じる構造です。
  2. 行動の前には「覚悟」がいる
    失敗を恐れて前に進めない時こそ、「いざとなったらどうにかなる」という腹の括り=覚悟が必要。
  3. 「経験による安心」は理屈では得られない
    頭で考えているうちは恐ろしいが、実際に経験してみると「なんてことなかった」と感じるのが常。そこに至るには一歩踏み出すしかない。

五、ビジネスにおける解釈と適用(個別解説)

項目解釈・適用例
新規事業への挑戦不確実性に怯えて始められないことが多いが、まず動いてみることが突破口になる。失敗も含めて学びになる。
組織改革/方針転換反発や不安が渦巻く中でも、実行してみれば意外と乗り越えられる。周囲の安心感も結果として得られる。
プレゼン・交渉不安を抱えるのは準備前の話。いざ本番に臨んでしまえば、集中と実践知が自分を支える。
メンタルマネジメント「最悪」をシミュレーションして受け入れる覚悟があれば、不安を手放せる。むしろ平常心を保てる。

六、補足:「早く落ちるがよい」の逆説

この言葉は失敗や恐怖を美化するものではなく、先延ばしせずに覚悟を持てという比喩です。
「どうしよう」と思い悩んでいる時間こそが、人生における最大のストレス。
一度“落ちてみた”人の冷静な視点が、仲間たち(=まだ足踏みしている人)に勇気を与えるという構造です。

これはまた、リーダーや先駆者のあり方ともつながっています。
先に踏み出した者こそが、不安にいる者の希望となるのです。

七、まとめ:この章句が伝える心得

「覚悟なき不安は、人を縛る鎖である。だが、一歩踏み出せば、その鎖は意外にも外れる。」

常朝がこの話を通じて語るのは、**「覚悟のススメ」**です。
不安の渦中にいるときこそ、先に落ちて「気楽になった者」の声に耳を傾けましょう。
失敗を恐れず、今いる足場を離れ、一歩踏み出すことが、真の安心と成長の第一歩です。

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