目次
『老子』第二十九章「無為」
1. 原文
將欲取天下而爲之、吾見其不得已。
天下神器、不可爲也。爲者敗之、執者失之。
故物或行或隨、或歔或吹、或強或羸、或挫或隳。
是以聖人去甚、去奢、去泰。
2. 書き下し文
将(まさ)に天下を取らんと欲してこれを為(おこな)うは、吾れその得ざるをこれ已(や)むを見る。
天下は神器(しんき)なり、為すべからざるなり。
為す者はこれを敗り、執(と)る者はこれを失う。
故に物は或(ある)いは行き、或いは随い、或いは歔(すす)り、或いは吹き、或いは強く、或いは羸(よわ)く、或いは挫(くじ)け、或いは隳(くず)つ。
是を以て、聖人は甚(はなは)だしきを去り、奢(おご)りを去り、泰(おご)れるを去る。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 「天下を手に入れようとして、人為的に動かそうとすれば、必ず失敗する」
→ 統治や支配は、操作によって得られるものではない。 - 「天下は神聖な道具であり、操作してはならない」
→ 天下(=自然や社会秩序)は、慎重に取り扱うべき存在である。 - 「無理に操作すれば壊れ、握りしめれば失われる」
→ コントロールしようとするほど、物事は崩れる。 - 「だから万物は、あるいは進み、あるいは従い、あるいはすすり泣き、あるいは吹きすさぶ」
→ 自然の流れには、順応・反発・強さ・弱さが混在する。 - 「あるいは強く、あるいは弱く、あるいは挫かれ、あるいは崩れる」
→ すべての物事には対立と変化が含まれる。 - 「だからこそ聖人は、“甚だしいもの”“贅沢”“傲慢さ”を捨てる」
→ 調和を保つために、極端さ・過剰さ・尊大さを避ける。
4. 用語解説
用語 | 意味 |
---|---|
將欲取天下 | 天下を支配・統治しようとすること。 |
神器(しんき) | 神聖な器物。転じて、慎重に扱うべき重要な存在(=天下)。 |
歔(すす)る・吹く | 感情の動きの比喩。すすり泣き(弱)と吹き上げる(強)。 |
挫・隳(くじく・くずつ) | くじける、破れる、倒れる。 |
甚(はなはだしき) | 極端なこと、度を超えたこと。 |
奢(おご)り | 贅沢、過剰な華美さ。 |
泰(おご)れる | 傲慢さ、尊大さ、自信過剰。 |
5. 全体の現代語訳(まとめ)
天下(社会や自然)を手に入れようとして人為的に動かそうとすれば、
私はその成功しない姿を見てきた。
天下とは神聖な器であり、強引に扱ってはならない。
無理に成し遂げようとすれば壊れ、執着すればかえって失われる。
万物は、自ら進んだり従ったり、泣いたり吹き荒れたり、
強くなったり弱くなったり、くじけたり崩れたりする──それが自然の流れである。
だからこそ聖人は、極端さを避け、贅沢を避け、尊大さを避けて生きる。
6. 解釈と現代的意義
この章は、老子の根本思想「無為自然」と「過剰を避ける徳」を明確に示します。
- 天下(組織・社会・自然)は操作できない神聖な存在
→ 支配しようとせず、流れに調和する姿勢こそ正しい。 - 過剰な介入・執着は崩壊を招く
→ コントロールしようとする力が大きければ、反動もまた大きい。 - 変化は自然なこと。成功と失敗、強弱が共存する世界を受け入れることが“徳”
→ 安定を得ようとするなら、むしろ“変化”を受容する包容力が求められる。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
「マイクロマネジメントは組織を壊す」
- 部下を強引にコントロールしようとするマネジメントは、
結果的に組織の柔軟性と信頼を損なう。
「計画はあっても“流れ”を見よ」
- 完璧な計画よりも、“変化に対応できる柔軟性”が真の力。
硬直した統治は崩壊しやすい。
「リーダーは“余白”を残す」
- 行きすぎた指導、過度な贅沢、尊大な態度は組織を弱体化させる。
“去甚・去奢・去泰”の三原則が、長く続くリーダーの徳である。
この章は、リーダーシップや経営において「無理をしない」「コントロールしすぎない」姿勢がいかに重要かを示しています。
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