孟子は、広い土地を領し、多くの民を治めることを君子が望むことはあるが、それを楽しむことまではないと述べた。天下の中央に立ち、四海を治め安定させることも君子が望むことではあるが、それが君子の本性ではない。君子の本性は、どんなに大きな成功を収めても変わることはなく、またどんなに困窮しても減ることはない。なぜなら、君子が天から与えられた本性は、最初から本分として定まっているからである。君子の本性は、仁義礼智に根ざしており、それが外に表れると、顔に清くふくよかな徳が現れ、背中にもあふれ、手足にも行き渡り、その人物が本当に徳を持っていることが自然に伝わるのである。
「孟子曰(もうし)く、広土・衆民は、君子之を欲するも、楽しむ所は存せず。天下に中して立ち、四海の民を定むるは、君子之を楽しむも、性とする所は存せず。君子の性とする所は、大いに行わると雖も加わらず、窮居すと雖も損せず。分定まるが故なり。君子の性とする所は、仁義礼智、心に根ざす。其の色に生ずるや、睟然として面に見われ、背に盎れ、四体に施き、四体言わずして而して喩る」
「君子は広い土地や多くの民を治めることを望むが、これを楽しむことはない。天下の中央に立ち、四海の民を治め安定させることも楽しみではあっても、それが君子の本性ではない。君子の本性は、いかに成功しても変わることはなく、いかに困窮しても失われることはない。それは、君子が天から与えられた本分が最初から定まっているからである。君子の本性は、仁義礼智に根ざしており、その徳は顔に現れ、背にあふれ、手足にも行き渡り、何も言わずともその人物が徳を持っていることが伝わる」
君子の本性は、外部の状況に左右されることなく、内面の徳に基づいて生きることにある。その徳が自然に外に現れ、人々に良い影響を与えるのだ。
※注:
「広土・衆民」…広い土地を領し、多くの民を治めること。
「窮居」…困窮すること、経済的な困難な状況。
「睟然」…清くふくよかな徳が外に表れている様子。
『孟子』離婁章句下より
1. 原文
孟子曰、廣土衆民、君子欲之、樂不存焉。中天下而立、定四海之民、君子樂之、性不存焉。君子之所性、雖大行不加焉、雖窮居不損焉、分定故也。君子之所性、仁義禮智也。根於心、其生色也、睟然見於面、盎於背、施於四體、四體不言而喻。
2. 書き下し文
孟子曰(いわ)く、広土・衆民は、君子これを欲するも、楽しみは存せず。天下の中に立ち、四海の民を定むるは、君子これを楽しむも、性とするところは存せず。
君子の性とするところは、大いに行わるといえども加わらず、窮居するといえども損せず。分定まるがゆえなり。
君子の性とするところは、仁・義・礼・智なり。心に根ざし、その生ずる色は、睟然として面に見え、背に盎(あふ)れ、四体に施(ほどこ)され、四体言わずしてして喩(さと)る。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「広土・衆民は、君子これを欲するも、楽しみは存せず。」
→ 広大な土地や多くの民を、君子は望むことはあっても、それを本当の楽しみとはしない。 - 「天下の中に立ち、四海の民を定むるは、君子これを楽しむも、性とするところは存せず。」
→ 天下の中心に立ち、四方の人民を治めることを君子は楽しむが、それが本性(本当の喜び)とは言えない。 - 「君子の性とするところは、大いに行わるといえども加わらず、窮居するといえども損せず。」
→ 君子の本性とするものは、大いに実践されても増すことなく、貧しく孤独に暮らしても減ることはない。 - 「分定まるがゆえなり。」
→ それは、(人としての)本質が定まっているからである。 - 「君子の性とするところは、仁・義・礼・智なり。」
→ 君子が本性とするものは、仁・義・礼・智である。 - 「心に根ざし、その生ずる色は、睟然として面に見え、背に盎れ、四体に施され、四体言わずしてして喩る。」
→ それらは心に根差しており、表情には穏やかに現れ、背にあふれ、手足の動作にまで及び、言葉にしなくとも人に伝わる。
4. 用語解説
- 広土・衆民(こうど・しゅうみん):広い土地と多くの人民。王者の理想的な支配対象。
- 君子(くんし):徳を備えた立派な人格者。理想的な指導者像。
- 性(せい):生まれながらに持つ本性、本質的な徳。
- 窮居(きゅうきょ):貧しく孤独な生活状態。
- 分定(ぶんさだ)まる:人間としての本分が定まっていること。
- 睟然(すいぜん):穏やかで潤いのある様子。精神の安定が外見ににじみ出る状態。
- 盎(あふ)れる:満ち溢れていること。
- 四体(したい):四肢(両手両足)。全身の行動を意味する。
- 喩る(さとる):自然と意味が伝わること。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孟子は言った:
広大な土地と多くの人民を手に入れることは、君子にとって望ましいことであっても、それ自体を本当の楽しみとはしない。
天下の中心に立ち、四方の人民を治めることも君子の楽しみであるが、それは本質的な喜びではない。
君子が本当に本性とするものは、たとえ大いに行われてもそれによって高まることはなく、貧しい境遇にあっても損なわれることはない。それは、人としての本分がしっかり定まっているからである。
君子の本性とするものは、仁・義・礼・智であり、それは心に根付き、穏やかな表情として顔に現れ、背からあふれ、手足の動作にまで表れ、言葉にしなくとも周囲の人々に自然と伝わるものである。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、孟子が説く「君子の本質とは何か」を明確に述べた重要な一節です。
- 君子は「権力や富」を追い求めることもあるが、それは外的な手段にすぎず、本当に価値を見出しているのは「内なる徳=仁・義・礼・智」である。
- 真の人格は、状況によって増減するものではなく、心の根本からにじみ出る普遍の力である。
- その徳は表情、動作、姿勢といった非言語的な要素にも自然に現れるため、言葉に頼らずとも人々に伝わる。
これは、現代における「人格の力」「非言語的な信頼の醸成」といったリーダーシップの本質に通じます。
7. ビジネスにおける解釈と適用
✅ 「立場や成果に左右されない“本質的価値”を持て」
成功しても傲らず、困難な状況でも品位を保つ。それが“君子の性”であり、組織の信頼の核となる。
ビジネスの役職や待遇は外的なものに過ぎず、真の人間力は普遍的な徳性(=仁義礼智)にある。
✅ 「非言語の“伝わる信頼感”を意識せよ」
君子の徳は、顔の穏やかさ、背筋の伸び、所作の落ち着きとしてあらわれる。
プレゼンスや雰囲気は、言葉以上に信頼を醸成する。誠実な心が、姿勢・表情・態度ににじみ出て、自然と人を納得させる。
✅ 「内面の成熟こそが、あらゆる環境での安定を生む」
リーダーにとって、成果や周囲の評価よりも、自己の内面に根差した価値観(仁・義・礼・智)を軸にすることが、持続的な判断力と威厳の源泉となる。
8. ビジネス用の心得タイトル
「成果よりも本質を磨け──“にじみ出る徳”が信頼と影響力を生む」
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